今回は、バイオガスの生成に関連する以下の特許明細書を取り上げます。
【公開番号】特開2022-76630(P2022-76630A)
【公開日】令和4年5月20日(2022.5.20)
【発明の名称】微生物反応の制御システム及び制御方法
バイオガスがどのようなものであるのかについては、以下の記事にまとめています。
バイオガス生成のためのメタン発酵における課題
微生物の活性低下
バイオガス(メタンガス)の生成過程において、メタン生成を行う微生物の活性が低下してメタンが生成されなくなるという課題があった。
その原因として、メタン発酵の原料となる燃料の供給量が過剰になる、つまり有機物負荷が大きくなることが挙げられる。
有機物負荷が大きくなると、微生物の活性が著しく低下してメタンが生成されなくなる。これはメタン発酵に失敗することを意味する。
しかし、負荷量の限界を決定することは困難であり、熟練オペレーターの判断に任されていた。
メタン発酵に失敗した場合、結果として微生物が死滅したり減少したりするということが分かっても、メタン発酵の失敗を事前に予測・予防するための手段がないことが課題であった。
メタン発酵を妨げる微生物の定量
上記の課題に対し、以下の特許では、メタン発酵の効率の低下に先駆けて、あるいは同時に増幅する微生物を検出および定量することにより、メタン発酵の運転管理を行う発明が記載されている。
【公開番号】特開2012-249558(P2012-249558A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【発明の名称】微生物のDNA情報に基づいたメタン発酵の運転管理
今回の発明
微生物反応の制御システム
本開示に係る微生物反応の制御システムは、微生物から産出される酵素による微生物反応の制御システムであって、前記酵素のアミノ酸配列の少なくとも一部をコードするmRNAを定量する定量装置と、前記定量装置で定量された前記mRNAの量が、設定された範囲から逸脱した場合に、前記mRNAの量が前記範囲内になるように前記微生物反応の条件を調節する調節装置とを備える。
先の発明では、メタン発酵を妨げる微生物の定量を行うものであるが、本発明の研究者らはメタンの生成を行う微生物(メタン生成菌)を定量することによって、メタン発酵の運転管理を行うことも可能ではないかと考えた。
今回の発明は、バイオガス生成量、つまりメタン生成量が低下する予兆を検知することで、メタン発酵の失敗を防ぐ制御システムに関するものである。
バイオガス生成量が低下する予兆を検知する
mRNAと酵素、そしてDNAの量におけるバイオガス生成量との比例関係の有無から、バイオガス生成量の変化に先んじてmRNA量に変化がみられることが分かった。
mRNA、酵素とバイオガス生成量
メタン生成菌は、「メチル補酵素M還元酵素」という酵素を使って酢酸などの物質をメタンに変換する。この酵素が多いほどメタン生成量が増加するため、メチル補酵素M還元酵素量とメタン生成量は比例することが分かる。
また、タンパク質であるメチル補酵素M還元酵素は、「メチル補酵素M還元酵素遺伝子(mcrA)」の発現により、セントラルドグマに従い合成される。
上記によれば、mcrA由来のmRNA量とメチル補酵素M還元酵素の量は比例する。したがってmRNA量も、メタン生成量と比例する。
mRNAやセントラルドグマについては以下の記事にもまとめている。
DNAとバイオガス生成量
一方、「メタン生成菌のDNA量」は、バイオガス生成量と比例しない。
DNA量は、メタン生成菌の全体の菌数を反映するものであるが、メタン生成に関わる菌だけではなく、死滅した菌や活性が低下した菌も含まれるためである。
mcrAの発現は活性のあるメタン生成菌によるものであり、mcrAがmRNAに転写される。したがって、DNA量はmcrAの発現量、酵素量、バイオガス生成量いずれにも比例しない。
微生物反応の制御システムの構成
※画像は本特許の【図1】より引用
制御システム10の構成(一部符号省略)
2 加水分解装置
3 バイオガス発酵槽
20 定量装置
30 調節装置
31 原料供給装置
32 メタン発酵汚泥供給装置
33 栄養剤供給装置
34 制御装置
バイオガス生成の工程
①バイオガス生成反応
有機性廃棄物は、加水分解装置2に投入して蒸気によって加水分解され、原料供給装置31の混合調整槽31aにて貯留される。
その後、有機性廃棄物はバイオガス発酵槽3に供給される。メタン生成菌を含む微生物がバイオガス発酵槽3に供給され、バイオガス生成を行う。
②mRNAの定量
バイオガス生成反応を行う間、定量装置20で、mcrA由来のmRNAの定量を行う。mRNAの定量はPCR法で行うことができる。具体的な方法は、以下の記事にまとめている。
③制御装置による判定
mRNAの定量の結果から、制御装置34によってmRNA量が所定範囲内かどうかの判断を行う。
mRNA量が所定範囲未満となった場合、制御装置34はバイオガス生成の効率が低下、または停止する予兆が発生したと判断して、各部の調節を行う。
調節方法
※画像は本特許の【表1】より引用
調整方法の例として、mRNA量、有機酸の濃度、MLSSの濃度を測定することによって、バイオガス生成量が低下する予兆を検知して表1のように調整することができる。
mRNA
mRNA量が正常範囲よりも低下している場合、メタン生成に必要なメチル補酵素M還元酵素量もまた低下していることを意味する。
MLSSの濃度によって必要な調整を行う。
有機酸
有機酸は、微生物が有機物を分解する過程で生成される物質である。有機酸が過剰に増加すると、pHの低下によって微生物の活性が低下する原因となる。
MLSSの濃度
MLSS(Mixed Liquor Suspended Solids)は、「活性汚泥浮遊物質」ともいい、主に有機物を分解する微生物から構成される。
活性汚泥については以下の記事にまとめている。
MLSSの濃度上昇
mRNA量が正常範囲より低下していて、かつMLSSが正常範囲より上昇した場合、微生物菌数が多いにも関わらずメタン生成酵素が不足している、つまりメタン生成菌の活性が低下している状態であると考えられる。
供給された原料の量が、メタン生成菌が分解できる許容範囲を超えていることを意味するため、原料の供給量を低下または停止させる。
MLSSの濃度低下
反対に、MLSSが正常範囲より低下した場合、メタン生成菌数が低下していると考えられるため、メタン発酵汚泥供給装置32からメタン発酵汚泥を供給する。
メタン発酵汚泥にはメタン生成菌が含まれているため、mRNA量とMLSSの濃度を正常に戻すことができる。
MLSSの濃度正常
mRNA量が正常範囲より低下しているがMLSSの濃度が正常である場合は、メタン生成菌の活性が低下していることが考えられるため、栄養剤供給装置33から栄養剤を供給する。
まとめ
今回の微生物制御システムによって、メタンガス生成量が低下する予兆を早めに検知、調整することが可能になる。
ただしこの発明は、上記のメタン発酵によるバイオガスの生成だけに限定されるものではない。好ましくない微生物反応を予兆して事前に対処する必要のあるプロセスであれば、このシステムを適用することができる。