バイオ・メディカル

大腸菌の遺伝子組換え

大腸菌にヒトのインスリン遺伝子を導入する遺伝子組換え実験についてまとめました。

遺伝子組換え

遺伝子組換えとは

遺伝子組換えとは、ある生物から目的とする性質を持つDNAを取り出し、別の生物のDNAに組み込む技術である。

遺伝子を細胞から取り出して人工的に操作したり、遺伝子産物であるタンパク質を細胞に作らせたりすることを、遺伝子組換えや遺伝子導入などという。

遺伝子組換え技術は、食品・医療・工業などの分野で用いられる。

例えば、インスリンを作り出すことができない糖尿病患者の代わりに、大腸菌にインスリンを生成させてインスリン製剤を作ることができる。

これは、後ほど紹介する「インスリンをコードする遺伝子を取り出し、大腸菌に組み込む」ことによって可能になる。

DNAクローニング

目的の遺伝子産物(タンパク質)を作らせるだけではなく、組換えDNAを宿主細胞に入れ、増殖させてDNA断片を得ることもできる。この操作をDNAクローニングという。

増殖した宿主細胞から目的遺伝子の断片を切り出すことで、遺伝子の構造や機能を解析することが可能になった。

ヒトのインスリン遺伝子を大腸菌に組み込む

ここからは、大腸菌にヒトのインスリン遺伝子を導入する方法をまとめる。

「インスリン遺伝子」とは、インスリンをコードする遺伝子、つまりインスリンを作る遺伝子のことである。

基本的に、以下のような工程を経て行われる

  1. DNA断片の調整
  2. DNAとプラスミドの塩基配列を切断
  3. インスリン遺伝子をベクターに含ませる
  4. 組換え体DNAを宿主細胞に導入する
  5. 大腸菌のスクリーニング

遺伝子組換えに必要なものを紹介してから、それぞれの工程についてまとめる。

必要なもの

遺伝子組換えには以下のものが必要である

  • mRNA
  • cDNA
  • 逆転写酵素
  • 宿主細胞
  • ベクター(遺伝子の運び屋)
  • 制限酵素
  • DNAリガーゼ

mRNA、cDNA、逆転写酵素

ヒトの細胞からインスリン遺伝子由来のmRNAを抽出し、逆転写を行うことによってcDNAを合成する。逆転写の際に、逆転写酵素である「RNA依存性DNAポリメラーゼ」が必要となる。

宿主細胞

宿主細胞は、目的の遺伝子産物を作る役割を持たせる細胞である。

今回であれば、ヒトのインスリン遺伝子を組み込んでインスリンを産生させるために必要な細胞である。ここでは大腸菌を宿主細胞として用いる。

大腸菌


画像引用元:Wikipedia

大腸菌(Escherichia coli)は、ヒトの大腸内で多く見られる腸内細菌である。大半は無害だが、病原性を持ち下痢などを引き起こすものもある。

大腸菌は通性嫌気性菌である。通性嫌気性菌とは、酸素がある環境では好気呼吸でATPを生成し、酸素のない環境では嫌気呼吸(発酵)を行うことでエネルギーを得る細菌である。嫌気呼吸では悪臭の原因となる有機酸を生成する。

大腸菌は、増殖力が高く短時間に多くの菌体が得られること、またプラスミドと呼ばれる環状DNAを持つことから、遺伝子工学においてよく用いられる。

ベクター

ベクターは「遺伝子の運び屋」としての役割を持つDNA構造体である。目的の遺伝子を細胞に送るための道具として用いられる。

ベクターを大きく分類すると、以下の2つがある
・ウイルスベクター
・プラスミドベクター

ウイルスベクター

ウイルスベクターは、病原性に関連する遺伝子を取り除いて、目的とする遺伝子を組み込んだものである。このウイルスを、組換えをする細胞(宿主細胞)に感染させる。

感染すると、ウイルスはDNAを宿主細胞の中に入れて複製する。目的の遺伝子は宿主細胞内で転写、翻訳され、タンパク質が産生される。

ウイルスベクターとして、細菌に感染するウイルスであるバクテリオファージなどが用いられる。

プラスミドベクター

プラスミドとは、大腸菌などの細菌が染色体DNAとは別に持っている環状DNAである。

プラスミドがなくても死滅することはないが、プラスミドには抗生物質に対する耐性を付与する遺伝子が含まれている。

プラスミドベクターは、プラスミドをベクターとして用いたものであり、宿主細胞内に保持・増幅させることができる。

今回は、大腸菌にヒトのインスリン遺伝子を組み込むためにプラスミドベクターを用いた場合を紹介する。

プラスミドベクターの要素

プラスミドベクターは、以下の要素を持つ

  • 複製起点
  • マルチクローニングサイト
  • 抗生物質耐性遺伝子
複製起点

複製起点は、細胞内でプラスミドが複製されるための起点である。

マルチクローニングサイト

マルチクローニングサイト(MCS)は、複数の制限酵素による認識部位が集中的に存在する部分であり、外部の遺伝子を挿入しやすい。

抗生物質耐性遺伝子

大腸菌は抗生物質の存在下では生育できないが、プラスミドを導入された場合は抗生物質の耐性を持つようになる。

抗生物質耐性遺伝子は、ベクターを取り込んだ菌体の目印(選択マーカー、マーカー遺伝子)になる。

例えば、アンピシリンという抗生物質を加えると、アンピシリン耐性を付与したプラスミドベクターを導入した菌体は生き残るが、プラスミドベクターを導入していない菌体は死滅する。

制限酵素

制限酵素は、特定のDNA塩基配列を認識して切断する酵素である。

1968年に発見されたこの制限酵素により、大腸菌のDNAにヒトのDNAを組み込ませるような遺伝子組換えが可能となった。

制限酵素の種類によって切断の位置が異なる。

制限酵素の名前

制限酵素の名前は、「由来となった細菌の学名+その種から発見された順」で命名される。

例:
EcoRⅠ
大腸菌(Eschericha coli)のRY3という菌株から、1番目に発見された制限酵素

AluI
アルスロバクター・ルテウス(Arthrobacter luteus)という菌から1番目に発見された制限酵素

DNAリガーゼ

DNAリガーゼは、壊れたDNA鎖を修復する酵素である。遺伝子組換えでは、切断した遺伝子を連結させる重要な役割を持つ。

制限酵素がDNAを切断する「ハサミ」なら、DNAリガーゼは切断したDNA断片を再びつなぐ「のり」である。

遺伝子組換えのステップ

①DNA断片の調整

大腸菌に組み込むヒトのインスリン遺伝子を調整する。

ヒトの細胞からインスリン遺伝子由来のmRNAを抽出する。そして逆転写によってcDNAを合成し、PCR法によって大量に増幅させる。

mRNA やPCR法については以下の記事にまとめている。

PCR法を用いたmRNAの定量この記事では、PCR法を用いたmRNAの定量についてまとめる。 mRNAの定量 mRNAとは mRNA(メッセンジャーRN...

なぜmRNAを逆転写するのか

DNA断片の調整では、DNAではなくmRNAを逆転写してcDNAを合成して用いる。

DNAには、遺伝情報がコードされているエキソン領域と、エキソン領域の間に不要なイントロン領域がある。イントロンは転写の際に取り除かれ(スプライシングという)、mRNAが合成される。

大腸菌はヒトと異なりスプライシングができない。そのため、DNAをそのまま大腸菌に導入してもインスリンを作らせることはできない。DNAから不要なものを取り除いたmRNAを逆転写し、cDNAを合成して大腸菌に導入する必要がある。

②DNAとプラスミドの塩基配列を切断

工程②と③で、組換え体DNAを作成する。

制限酵素を使ってインスリン遺伝子とプラスミドに同じ切断面を作る。

制限酵素ごとに、切断できる塩基配列が異なる。制限酵素が切断するDNA塩基配列は、主に回文配列(パリンドローム)である。

回文配列とは、特定の方向(5’→3’など)において、一方の一本鎖の配列が相補鎖の配列と同じであることをいう。

③インスリン遺伝子をベクターに含ませる

同一の制限酵素で切断したことにより、ヒトのインスリン遺伝子とプラスミドは同じ切断面を持つ。これらを、DNAリガーゼによって連結させる。この反応をライゲーション反応という。

インスリン遺伝子がベクターに組み込まれ、組換え体DNAが作成された。

④組換え体DNAを宿主細胞に導入する

インスリン遺伝子が組み込まれたプラスミドを、宿主細胞である大腸菌に導入する。

大腸菌はDNAの取り込み能力が低い。そのため、熱処理や電気的処理を行うことによって大腸菌の細胞膜の透過性を高め、プラスミドを導入する。

熱処理

ヒートショック法と呼ばれる手法である。

まず、プラスミドと大腸菌の細胞膜間の静電反発力を中和するために、氷冷下にて塩化カルシウム(CaCl2)で処理する。

その後、急激に温度を上げる。すると細胞膜には一時的に孔が形成されるため、プラスミドを取り込ませることができる。

電気的処理

電気穿孔法(エレクトロポレーション法)と呼ばれる手法である。

細胞に高い電圧を与えると細胞膜が破壊されて細胞は死滅する。そこで、細胞膜が破壊される臨界電圧を、きわめて短い時間だけ与える。

すると、一時的に細胞膜に孔が形成されるため、プラスミドを取り込ませることができる。細胞膜はその後、修復されて穴がなくなる。

大腸菌の形質転換

大腸菌に組換え体DNAを導入すると、大腸菌は新たな遺伝子であるインスリン遺伝子を発現する。インスリン遺伝子はmRNAとして転写され、mRNAは大腸菌のリボソームで翻訳される。

このプロセスによって大腸菌はタンパク質であるインスリンを生産するようになる。これを形質転換という。形質転換された大腸菌を培養することによって、大量のインスリンを作らせることができる。

⑤大腸菌のスクリーニング

遺伝子組換え実験では、以下のような「失敗」により遺伝子を組み込めないことが多い。

プラスミドに遺伝子を組み込めなかった

大腸菌がプラスミドを取り込めなかった

したがって、以下のような大腸菌から遺伝子導入に成功した菌体を識別することが必要である。

  • 大腸菌①:遺伝子導入に成功(インスリン遺伝子を含むプラスミドを持つ)
  • 大腸菌②:インスリン遺伝子を含まないプラスミドを持つ
  • 大腸菌③:プラスミドを組み込めなかった

1 アンピシリン耐性

培地にアンピシリンという抗生物質を入れる。

プラスミドベクターには抗生物質耐性遺伝子が含まれている。そのため、大腸菌①と②は生き残るが、③は死滅する。

2 ブルー・ホワイトセレクション


画像引用元:Wikipedia

ブルー・ホワイトセレクションは、抗生物質耐性を持つ菌体のうち、目的の遺伝子を導入できた菌体を選別するために行う方法である。

つまり、抗生物質で死滅した大腸菌③を除く大腸菌①と②を選別するために行う。

ここで知っておきたいのがlacZ遺伝子X-galである。

lacZ遺伝子

プラスミドベクターには「lacZ遺伝子」の配列が含まれている。

組み換えDNAを作成する際は、lacZ遺伝子配列の途中に存在するマルチクローニングサイトを切断して目的のDNA断片を挿入する。

lacZ遺伝子はβガラクトシダーゼという酵素をコードする。

X-gal培地

大腸菌を培養するX-gal培地は、βガラクトシダーゼに分解されて青くなる特性を持つ。lacZ遺伝子が正常に機能すると菌体は青色になり、lacZ遺伝子が機能していない場合は白色になる。

大腸菌①では、組み込んだインスリン遺伝子によってlacZ遺伝子が途中で切断されているため、機能しない。したがって白くなる。

大腸菌②では、大腸菌のプラスミドがそのまま組み込まれているのでlacZ遺伝子が機能し、青くなる。

したがって、白い点を示す大腸菌①が、インスリン遺伝子導入に成功した菌体であると分かる。

ただし、大腸菌①~③に含めていない、「意図しないDNA断片が挿入された菌体」が存在する場合もある。その場合はブルー・ホワイトセレクションで選別することはできないため、別途解析を行う。

参照

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