バイオ・メディカル

PCR法を用いたmRNAの定量

この記事では、PCR法を用いたmRNAの定量についてまとめる。

mRNAの定量

mRNAとは

mRNA(メッセンジャーRNA)は、遺伝情報をDNAからタンパク質へと伝達する役割を持つRNA(リボ核酸)である。

DNAの情報は、核内でRNAポリメラーゼという酵素によってmRNAに転写される。

その後、mRNAは核膜孔を通って細胞質内に出て、粗面小胞体に付着しているリボソームと結合し、リボソームによって翻訳されてタンパク質が合成される。

このように「DNA→転写→mRNA→翻訳→タンパク質」という流れによって遺伝情報が伝達されるという考え方を「セントラルドグマ」という。

「定量」とは

mRNAの「定量」とは、mRNAがどれだけの量で存在するかを意味する。「mRNAの定量を行う」とは、mRNAがどれだけの量で存在しているかを測定することである。

mRNAを定量する目的

mRNAを定量することにより、例えば以下を調べることができる

  • 薬剤の作用
  • 特定の酵素(タンパク質)発現量
  • 遺伝子転写機能

ある薬剤の投与後にmRNA量の変化を調べることで、薬剤に対する反応性を確認することができる。また、mRNA量を調べることでmRNAから合成される酵素などのタンパク質量を知ることもできる。

mRNA定量のステップ

mRNAの定量は、以下のステップで行われる。

  1. mRNAの抽出
  2. cDNAの作成
  3. PCR法によるcDNAの増幅
  4. リアルタイムPCR法によるcDNAの定量

まずは上記のステップごとにまとめてから、これらのステップがどのようにmRNAの定量につながるのかをまとめる。

①前処理(mRNAの抽出)

前処理として、細胞質からmRNAを抽出する。

②cDNAの作成

mRNAは微量かつ不安定な物質であるため、逆転写酵素を用いてmRNAを鋳型として「逆転写」を行う。

その後、酵素によりRNAを分解しながら一本鎖cDNAに相補的なDNA鎖を作り、二本鎖cDNAを合成する。

cDNAはRNAと相補的な塩基配列を持つため、相補的DNA(complementary DNA:cDNA)と呼ばれる。

「相補的な」塩基対とは

DNAは二本鎖で存在する。DNAの塩基は、それぞれ必ず決まった相手と対を形成する。これを「相補的な」塩基対という。

DNAの2重らせん構造は、水素結合によって形成される。アデニン(A)はチミン(T)と、グアニン(G)はシトシン(C)と水素結合によって結合し、これによって二本鎖を形成する。

逆転写とは

逆転写の前に、まずは転写について説明する。

転写(transcription)

DNAの塩基配列をmRNAに写し取る転写は、DNAからRNAを合成してタンパク質が生成されるという基本原則(セントラルドグマ)におけるプロセスの一つである。

転写は以下の過程を経て行われる。

  1. DNAの二本鎖がほどける
  2. 片方のDNA鎖が鋳型となり、鋳型に相補的な塩基配列を持つRNAが合成される
  3. 不要な部分が取り除かれ(スプライシング)mRNAとなる

DNAとRNAの相補的な塩基対は、以下の通りである。

・アデニン(A)-ウラシル(U)
・グアニン(G)-シトシン(C)

RNAではDNAと異なり、アデニンの対になる塩基がチミン(T)ではなくウラシル(U)になる。

転写はRNAポリメラーゼという酵素が触媒する。

逆転写(reverse transcription)

DNAをmRNAに写し取る「転写」とは反対に、逆転写では、mRNAからDNAを合成する。逆転写反応は、逆転写酵素の触媒によって行われる。

逆転写酵素とは

逆転写酵素(reverse transcriptase)は逆転写反応を触媒する酵素であり、「RNA依存性DNAポリメラーゼ」ともいう。

「DNAポリメラーゼ」は一本鎖のDNAやRNAを鋳型として、相補的な塩基配列を持つDNAを合成する酵素の総称である。

RNAを鋳型として逆転写を行うことによりDNAを合成するDNAポリメラーゼは、「RNA依存性DNAポリメラーゼ」という。

「cDNA」と「元になったDNA」は同一か

前処理として抽出されたmRNAは、DNAを転写したものである。しかし、mRNAを鋳型として逆転写したcDNAは、DNAと同じではない。

DNAには、非転写領域や転写の際にスプライシングによって取り除かれる「イントロン」という領域が存在する。

cDNAは、非転写領域やイントロンを含まない領域が転写されたRNAを鋳型に合成されるため、DNAと同一ではない。

③PCR法によるcDNAの増幅

PCR法によって、合成したcDNAを増幅する(具体的なステップは後述する)。

④リアルタイムPCR法によるcDNAの定量

リアルタイムPCR法により、増幅したDNA量を算出することで、元になったmRNAの定量を行う(具体的なステップは後述する)。

PCR法

ここからは、PCR法とリアルタイムPCR法について、そしてmRNAの定量についてまとめる。

PCR法とは

PCR法(polymerase chain reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)は、目的とするDNA断片(DNAの特定の領域)を増幅させる方法である。

PCR法によって少量のDNAサンプルを多量に増やすことができ、より詳細な遺伝子解析が可能になる。

PCR法に必要なもの


画像引用元:Wikipedia

PCR法に必要なものは以下である。

  • 鋳型となるDNA(ここではcDNA)
  • DNAプライマー(DNAと相補的な塩基配列を持つDNA断片)
  • DNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)
  • 遊離ヌクレオチド

PCR法では「温度」が重要であり、工程ごとに加熱や冷却を行う。

DNA合成酵素はタンパク質であるため、加熱によって変性しないように、好熱菌が産生するDNAポリメラーゼを用いる。好熱菌のDNAポリメラーゼは耐熱性を有するため、PCR法に利用される。

サーマルサイクラー


画像引用元:Wikipedia

PCR法はチューブにサンプルを入れ、サーマルサイクラーという装置に差し込む。チューブを差し込むために穴の空いた金属板にはヒーターがついており、任意の温度に設定することで加熱・冷却を行う。

PCR法のステップ

基本的なPCR法は、以下の3ステップを繰り返し行う

  • ①熱変性
  • ②アニーリング
  • ③伸長反応

①熱変性(Denaturation)


画像引用元:Wikipedia

DNAを加熱し、高温下(約95℃)で変性させる。具体的には、熱によりDNAの二本鎖の水素結合を切り離し、一本鎖にする。

変性が起こる温度は、DNAの塩基配列や長さ(塩基の数)によって異なる。

②アニーリング(Annealing)


画像引用元:Wikipedia

温度を下げることによって、プライマーを一本鎖DNAの相補的な部分と結合させる。

プライマー

プライマーは、数個のヌクレオチドからなる短い一本鎖DNAであり、増幅させたいDNA配列の両端に結合する。

プライマーを結合させることにより、DNAポリメラーゼが結合してDNA合成を開始することができる。

以下のように、二本鎖DNAのそれぞれの鎖の片側にフォアワード(Forward)プライマーとリバース(Reverse)プライマーが結合する。

一本鎖DNAを含む溶液を冷却して約60℃に温度を下げることで、プライマーは鋳型DNAの特定の領域に対し、特異的に結合する。プライマーがDNA合成の開始点となる。

長いDNA鎖同士では再結合しにくいが、プライマーのような短いDNA断片は容易に結合する。また、DNAよりもプライマーが多量に存在する状況にしておくことで、DNA同士が結合するよりも優先的にプライマーの結合が起こるようになる。

③伸長反応(Extension)


画像引用元:Wikipedia

再び加熱して、DNAポリメラーゼに最適な温度(約72℃)にする。DNAポリメラーゼの働きによって、プライマーを起点としてヌクレオチド鎖を伸長する。

そこで必要になるのが、新しいDNA鎖の材料となる遊離ヌクレオチドである。

DNAポリメラーゼが鋳型DNAに相対的な遊離ヌクレオチドを見つけだして新たなDNA鎖に追加していくことで、二本鎖DNAを合成する。

リアルタイムPCR法とは

リアルタイムPCR法(qPCR、定量PCRともいう)は、PCR法により増幅した産物をリアルタイムに測定(定量)する方法である。

PCR反応液に、二本鎖DNAに結合して発光する蛍光色素や蛍光プローブを入れて、蛍光量を測定することで増幅するDNA量を算出する。遺伝子配列のコピー数、発現量、変異の有無を調べることができる。

蛍光色素を用いる場合は「インターカレーション法」、蛍光プローブを用いる場合は「蛍光プローブ法」という。

インターカレーション法

インターカレーション法では、PCR反応液に2本鎖DNAに入り込んで蛍光を発する化合物(インターカレーター)を入れる。

蛍光強度を測定することによって、PCR法による増幅産物の生成量を算出する。増幅産物が増えるにつれ、蛍光物質と結合するDNAが増えるため蛍光が増加する。

インターカレーション法は安価で利用しやすい一方、二本鎖DNAであればすべて蛍光物質が結合してしまうため、目的とするDNA以外のDNAも検出し、正確な測定結果を得られないことがある。

融解曲線分析

インターカレーション法の欠点を補うために、PCR反応後に融解曲線分析を行う。

融解曲線分析では、PCR反応後に徐々に温度を上げて蛍光物質のシグナルを検出する。温度が上がると二本鎖を形成していたDNAが解離して一本鎖になる。

一本鎖になることで蛍光強度が急激に低下する。温度に対する蛍光変化をプロットした融解曲線を作成する。

二本鎖の融解温度(Tm値)はDNAによって異なるため、目的のDNAがどれくらい増幅されたのかを知ることができる。

蛍光プローブ法

蛍光標識プローブ法では、PCR反応液に蛍光プローブを入れる。プローブは、一方の端に蛍光物質が、もう一方の端に「クエンチャー」という物質がついた短いDNA断片である。クエンチャーは蛍光物質を抑制する働きをもつ。

プローブはプライマーと同じく、鋳型DNAに特異的に配列する。プローブが鋳型DNAと結合している間は、クエンチャーが蛍光を抑制する。

伸長反応でDNAポリメラーゼが進行方向に進んでプローブに達すると、プローブを分解する。プローブが分解されると蛍光物質がクエンチャーから離れ、蛍光を発する。この蛍光をリアルタイムPCRで検出する。

蛍光プローブ法は、プローブが特異的に結合するため、インターカレーション法よりも検出特異性が高い。

PCR法によりmRNAの定量を行う

ここからは、PCR法によってどのようにmRNAの定量を行うのかについてまとめる。

増幅曲線とCt値

mRNAの定量は、リアルタイムPCR法で測定された「Ct値」によって行うことができる。

Ct(Threshold Cycle)値とは、蛍光のシグナル強度が立ち上がり、ある一定のシグナル強度となったときのサイクル数である。

横軸をサイクル数、縦軸を蛍光強度でプロットした図では、増幅産物であるDNA量が上のような曲線(増幅曲線)を描く。

初期サイクルの蛍光強度をベースラインとしたとき、そのベースラインから有意に増加したところが「閾値」であり、閾値と増幅曲線の交点がCt値である。

増幅曲線は増幅産物(DNA)量が、蛍光検出できる量になると立ち上がる。その後、プライマーの減少やDNAポリメラーゼの活性低下などにより反応が進まなくなると、プラトーに達する。

Ct値がmRNAとどのように関連するのか

定量するmRNAの量が多ければ、1サイクルで増幅されるDNA量も多いため、増幅曲線の立ち上がりが早い。閾値に達するまでのサイクル数が少ないため、Ct値が小さい。

反対に、mRNAの量が少なければ1サイクルで増幅されるDNA量が少ないため、サイクル数が増える。つまり、Ct値が大きくなる。

つまり、Ct値とmRNA量は逆相関の関係であるため、リアルタイムPCR法で測定されたCt値によってmRNAの定量を行うことができる。

参照

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