以下の明細書の対訳学習を進めています。
【公表番号】特表2010-515753(P2010-515753A)
【公表日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【発明の名称】肺内送達用免疫抑制剤組成物の送達の増強
ENHANCED DELIVERY OF IMMUNOSUPPRESSIVE DRUG COMPOSITIONS FOR PULMONARY DELIVERY
この記事から2回(の予定)にわたって、試験に関する記述を抜粋して公開訳を取り上げながら深掘りします。
一文ずつ取り上げる前に、この特許がどのようなものであるのかをまとめます。
肺内送達用の免疫抑制剤組成物
この特許を簡単にまとめると、以下の通りです。
従来の免疫抑制剤の課題
肺移植後の拒絶反応を防ぐために免疫抑制剤が用いられている。
しかし、従来の免疫抑制剤は、バイオアベイラビリティ(投与された薬剤のうちどれだけが全身循環して作用するかの指標)が低い上に、腎毒性などの有害な副作用が報告されている。
また、代表的な免疫抑制剤シクロスポリンでは、エタノールやプロピレングリコールが溶媒として使用されるが、これらのもつ刺激性が問題となっている。
そこで、エタノールやプロピレングリコール溶媒を必要としないタクロリムスを使い、かつそのバイオアベイラビリティを改善すれば、この課題を解決できる。
しかし、タクロリムスは難水溶性であり、それが溶出性(投与後の薬の溶けやすさ)の低さと、結果としてバイオアベイラビリティの低さにつながっている。
→溶出性が高いタクロリムスが必要!
解決策:速溶性タクロリムスナノ粒子組成物
課題の解決策として発明されたのが、速溶性タクロリムスナノ粒子組成物である。
タクロリムスナノ粒子の特徴:
- タクロリムス + 賦形剤(安定剤マトリックスや界面活性剤)を超急速冷凍して作製→急速に冷凍することにより結晶化を阻害
- 高表面積:溶媒と接触しやすくなり溶解速度が高まる→短時間で高い薬物濃度を達成(過飽和状態を維持)
- 多孔性:ナノ粒子中のタクロリムスが速やかに溶出
- アモルファスである(が、結晶性でもよい):結晶性ナノ粒子より溶解性が高い→急速に吸収される
上記の特徴により、以下が改善する
- タクロリムスの溶出性
- バイオアベイラビリティ(溶出性の改善により)
マウスにおけるin vivo試験
今回は、以下の部分を取り上げます。
In Vivo Mouse Studies. Pulmonary Administration of URF Formulations. Pulmonary dosing of URF formulations was performed in healthy male ICR mice (Harlan Sprague Dawley, Inc., Indianapolis, IN). The study protocol was approved by the Institutional Animal Care and Use Committee (IACUCs) at the University of Texas at Austin, and all animals were maintained in accordance with the American Association for Accreditation of Laboratory Animal Care. Mice were acclimated and pre-conditioned in the restraint tube (Battelle, Inc., Columbus, OH) for 10- 15 min./day for at least 2 days prior to dosing. Proper pre-conditioning is essential for reducing stress to mice, and maintaining a uniform respiration rate for the animals. A small animal dosing apparatus for inhalation was used to dose the mice for this study. The dosing apparatus includes a small volume hollow tube with dimensions of 20 x 4.5 cm (nominal wall thickness of 0.4 cm) with four 1.75 cm adapter holes drilled at 7 cm intervals (2 holes along each side). The adapter holes were constructed to accept rodent restraint tubes from the Battelle toxicology testing unit.
The URF processed powders were re-dispersed in water (10 mg/mL) followed by sonication for 1 min. prior to dosing. Nebulization of 3 mL of dispersions was conducted using an Aeroneb Professional micropump nebulizer for 10 min. dosing period. After pulmonary dosing, the mice were removed from the dosing apparatus and rested for 15 min. Two mice were sacrificed at each time point by CO2 narcosis (0.5, 1, 2, 3, 6, 12, 24 and 48 hours). Whole blood (1-mL aliquots) was obtained via cardiac puncture and analyzed according to the standard ELISA procedure outlined hereinbelow. In addition, necropsy was performed on each mouse to extract lung tissue. Samples were stored at -20 C until assayed. TAC concentrations in lung tissue were determined using a previously HPLC assay as described below.
公開訳:インビボにおけるマウス試験。URF製剤の肺内投与:健常雄ICRマウス(インディアナ州、インディアナポリス、Harlan Sprague Dawley社製)において、URF製剤の肺内投与を実施した。試験プロトコールは、オースチンのテキサス大学に所在の動物実験委員会(IACUC:Institutional Animal Care and Use Committee)により承認され、すべての動物は、米国実験動物管理公認協会に従い維持された。マウスは、投与前の少なくとも2日間、10~15分間/日にわたり拘束チューブ(オハイオ州、コロンバス、Battelle社製)を装着して順応させ馴らした。適正な馴らしは、マウスに対するストレスを軽減し、動物に均一な呼吸速度を保持するのに不可欠である。本試験では、小動物吸入用投与装置を用いてマウスに投与した。投与装置は、ドリルにより7cm間隔で開けられた1.75cmのアダプター用の穴4つ(各側に沿って2つずつの穴)を伴う20×4.5cmの寸法(公称壁厚0.4cm)を有する小容量中空管を含む。アダプター用の穴は、Battelle社製毒性試験ユニットからのげっ歯動物拘束チューブに対応するように設置された。
URF法により加工された粉末を水中に再分散させた(10mg/mL)後で、投与前に1分間にわたり超音波処理した。10分間の投与時間にわたり、Aeroneb Professionalマイクロポンプ式噴霧器を用いて、3mLの分散液を噴霧した。肺内投与後、マウスを投与装置から取り外し、15分間にわたり休息させた。各時点(0.5、1、2、3、6、12、24、及び48時間後)において2匹ずつのマウスをCO2ナルコーシスにより安楽死させた。心穿刺により全血液(1mLのアリコート)を得、本明細書の以下で概括する標準的なELISA法手順により解析した。加えて、各マウスに対して剖検を実施し、肺組織を抽出した。アッセイを行うまで、-20℃で試料を保存した。既に述べたHPLC法(下記)を用いて、肺組織内のTAC濃度を決定した。
これは、URF(ultra-rapid freezing、超急速冷凍法)で作製されたタクロリムスナノ粒子製剤組成物をマウスに投与して、HPLCのための試料を調製するまでの記述です。
実験では、以下の2剤が比較されています。
・タクロリムス単独
・タクロリムス + ラクトース(賦形剤)
文を少しずつ区切って取り上げます。
※この明細書は対訳学習の題材としています。
公開訳の下に自分の訳を記載していますが、公開訳に対して「自分はこう訳すだろう」と考える部分に変更を加えたものであり、イチから自力翻訳はしていません。
①In Vivo Mouse Studies
In Vivo Mouse Studies.Pulmonary Administration of URF Formulations. Pulmonary dosing of URF formulations was performed in healthy male ICR mice (Harlan Sprague Dawley, Inc., Indianapolis, IN).
公開訳:インビボにおけるマウス試験。URF製剤の肺内投与:健常雄ICRマウス(インディアナ州、インディアナポリス、Harlan Sprague Dawley社製)において、URF製剤の肺内投与を実施した。
自分訳:マウスにおけるin vivo試験。URF製剤の肺内投与:健康な雄のICRマウス(インディアナ州、インディアナポリス、Harlan Sprague Dawley社製)において、URF製剤の肺内投与を実施した。
in vivoは「生体内」を意味し、この文ではマウスの体内を指しています。
「インビボにおけるマウス試験」より「マウスにおけるインビボ試験」の方がしっくりきます。
また、これまで多くの投与関係の資料を読みましたが、in vivoは、「インビボ」より、そのまま「in vivo」と記載されている資料が多い印象です。
②animals were maintained
The study protocol was approved by the Institutional Animal Care and Use Committee (IACUCs) at the University of Texas at Austin, and all animals were maintained in accordance with the American Association for Accreditation of Laboratory Animal Care.
公開訳:試験プロトコールは、オースチンのテキサス大学に所在の動物実験委員会(IACUC:Institutional Animal Care and Use Committee)により承認され、すべての動物は、米国実験動物管理公認協会に従い維持された。
自分訳:試験プロトコールは、オースチンのテキサス大学に所在の動物実験委員会(IACUC:Institutional Animal Care and Use Committee)により承認され、すべての動物は、米国実験動物管理公認協会に従い飼育された。
実験動物は、入荷後、実験に使用する前に、その飼育環境に慣れさせる必要があります(馴化飼育)。
「the American Association for Accreditation of Laboratory Animal Care」は、実験動物が倫理的に扱わているかのモニタリング、認証を行っている民間の機関のようです。
「実験動物を維持」より「飼育」の方が良いと考えます。
参照:https://www.med.akita-u.ac.jp/~doubutu/kokudou/rinri/IACUC.html
③acclimated and pre-conditioned
Mice were acclimated and pre-conditioned in the restraint tube (Battelle, Inc., Columbus, OH) for 10- 15 min./day for at least 2 days prior to dosing. Proper pre-conditioning is essential for reducing stress to mice, and maintaining a uniform respiration rate for the animals.
公開訳:マウスは、投与前の少なくとも2日間、10~15分間/日にわたり拘束チューブ(オハイオ州、コロンバス、Battelle社製)を装着して順応させ馴らした。適正な馴らしは、マウスに対するストレスを軽減し、動物に均一な呼吸速度を保持するのに不可欠である。
3-1 restraint tube
「restraint tube」は、調べてみるとこのようなものです↓
画像引用元:ResearchGate
画像引用元:ResearchGate
マウスを拘束して投与試験を行いやすくしたり、ストレスを与える試験を行うときに用いられるようです。
構造から見ると、マウスに「装着する」というよりはマウスを「入れる」というイメージではないかと思います。
「Battelle restrainer」でこちらの画像がヒットしますが、これ以外に、バンドのようなもので「装着」して拘束するようなタイプもあるのでしょうか。
画像引用元:https://www.vet-tech.co.uk/product/battelle-restrainer-medium-rat/
「restraint tube」ですが、「拘束チューブ」というのがイメージしにくい感じがします。「筒型拘束容器」とすると分かりやすくいですが、やりすぎでしょうか(^^;)
3-2 acclimated and pre-conditioned
次に、「acclimated and pre-conditioned」についてです。
これらはどちらも「馴化(順化)させる」という意味があります。
Mice were acclimated and pre-conditioned in the restraint tube (Battelle, Inc., Columbus, OH) for 10- 15 min./day for at least 2 days prior to dosing. Proper pre-conditioning is essential for reducing stress to mice, and maintaining a uniform respiration rate for the animals.
この「in the restraint tube~」が、「pre-conditioned」のみに係っているのでは?とも考えました。
つまり、「マウスを(飼育環境に)馴化させた上で、少なくとも投与2日前からは拘束チューブに馴化させる」ということです。
しかし、再度原文を読んでみると、やはり拘束チューブに対して「acclimated and pre-conditioned」が並列になっていると考えます。
自分訳:マウスは、投与前の少なくとも2日間は、10~15分間/日にわたり拘束チューブ(オハイオ州、コロンバス、Battelle社製)に慣れさせ、馴化させた。適切な馴化は、マウスに対するストレスを軽減し、動物の均一な呼吸速度を維持するのに不可欠である。
「慣れさせる」も「馴化させる」も同じような意味ですね…。
しかし、「馴化」の方が、「投与試験までに、あらかじめ慣れさせておく」という意味合いが強いと思います。
③A small animal dosing apparatus
A small animal dosing apparatus for inhalation was used to dose the mice for this study. The dosing apparatus includes a small volume hollow tube with dimensions of 20 x 4.5 cm (nominal wall thickness of 0.4 cm) with four 1.75 cm adapter holes drilled at 7 cm intervals (2 holes along each side).
公開訳:本試験では、小動物吸入用投与装置を用いてマウスに投与した。投与装置は、ドリルにより7cm間隔で開けられた1.75cmのアダプター用の穴4つ(各側に沿って2つずつの穴)を伴う20×4.5cmの寸法(公称壁厚0.4cm)を有する小容量中空管を含む。
自分訳:本試験では、小動物用の吸入投与装置を用いてマウスに投与した。この投与装置は、ドリルにより7cm間隔で開けられた1.75cmのアダプター用の穴4つ(各側に沿って2つずつの穴)を有する、寸法20×4.5cm(公称壁厚0.4cm)の小容量中空管を備える。
整理すると、以下のようになります。
- 小動物用の吸入投与装置は、小容量の中空管を備えている
- 中空管の寸法は、20×4.5cmである
- 中空管には、4つの穴が開いている(両側に2個ずつ)
- 穴は7cm間隔でドリルで開けられている
以下のように文を切ると分かりやすいです。
自分訳:本試験では、小動物用の吸入投与装置を用いてマウスに投与した。この投与装置は、寸法20×4.5cm(公称壁厚0.4cm)の小容量の中空管を備えている。この中空管には、1.75cmのアダプター用の穴4つ(各側に沿って2つずつの穴)が7cm間隔でドリルにより開けられている。
④accept rodent restraint tubes
The adapter holes were constructed to accept rodent restraint tubes from the Battelle toxicology testing unit.
公開訳:アダプター用の穴は、Battelle社製毒性試験ユニットからのげっ歯動物拘束チューブに対応するように設置された。
自分訳:アダプター用の穴は、Battelle社製毒性試験ユニットのげっ歯動物拘束チューブを受け入れるように設置された。
この装置を図解してみました。

「adapter holes」に、「restraint tube」の先端を入れると、マウスの鼻先が投与装置の中空管に入るのだろうと思います。
そして、投与装置からエアロゾルを中空管に通せば、拘束されたマウスはこれを吸入することになるのでしょう。
ですので、「accept」は「受け入れる」で良いと考えます。
⑤噴霧投与
The URF processed powders were re-dispersed in water (10 mg/mL) followed by sonication for 1 min. prior to dosing. Nebulization of 3 mL of dispersions was conducted using an Aeroneb Professional micropump nebulizer for 10 min. dosing period.
公開訳:URF法により加工された粉末を水中に再分散させた(10mg/mL)後で、投与前に1分間にわたり超音波処理した。10分間の投与時間にわたり、Aeroneb Professionalマイクロポンプ式噴霧器を用いて、3mLの分散液を噴霧した。
自分訳:URF法で加工した粉末を水中に再分散させた(10mg/mL)後、投与前に1分間の超音波処理を行った。Aeroneb Professionalマイクロポンプ式ネブライザーを用いて、10分間の投与時間で3mLの分散液を噴霧した。
URF(超急速冷凍)法で作製した粉末(タクロリムスナノ粒子)を水中に分散させて、超音波処理により分散させて粒子の凝集を防ぎ、ネブライザー(噴霧器)で吸入投与する、という流れです。
⑥投与→安楽死
After pulmonary dosing, the mice were removed from the dosing apparatus and rested for 15 min. Two mice were sacrificed at each time point by CO2 narcosis (0.5, 1, 2, 3, 6, 12, 24 and 48 hours).
公開訳:肺内投与後、マウスを投与装置から取り外し、15分間にわたり休息させた。各時点(0.5、1、2、3、6、12、24、及び48時間後)において2匹ずつのマウスをCO2ナルコーシスにより安楽死させた。
「sacrificed」は「犠牲にする」や「屠殺する」という意味があります。
「屠殺」というと家畜に対して使うイメージがありますが、調べてみると実験動物に関する資料にも使用されています。
ただ、CO2ナルコーシスは、重度の場合は急速に昏睡状態となり死に至るものであり、マウスに苦痛を与えない方法とされているようです。
公開訳の通り、「安楽死」が好ましいと思います。
⑦全血採取→ELISA
Whole blood (1-mL aliquots) was obtained via cardiac puncture and analyzed according to the standard ELISA procedure outlined hereinbelow.
公開訳:心穿刺により全血液(1mLのアリコート)を得、本明細書の以下で概括する標準的なELISA法手順により解析した。
自分訳:心臓穿刺により全血液(1mLのアリコート)を採取し、以下に概説する標準的なELISA法により解析した。
「blood was obtained」は、「採取」とか「採血」とすると好ましいと思います。
「全血を得た」とすると、化学的に合成して得たようでやや不自然に感じます。
「ELISA procedure」は「ELISA法手順」ではなく「ELISA法」の方がしっくりします。
⑧剖検→試料保存
In addition, necropsy was performed on each mouse to extract lung tissue. Samples were stored at -20 C until assayed.
公開訳:加えて、各マウスに対して剖検を実施し、肺組織を抽出した。アッセイを行うまで、-20℃で試料を保存した。
自分訳:加えて、各マウスに対して剖検を実施し、肺組織を摘出した。アッセイを行うまで、-20℃で検体を保存した。
安楽死させたマウスを解剖して、肺組織を取り出すという一文です。「抽出」より「摘出」が好ましいと思います。
そして、「sample」は、「検体」としました。
この検体は、ホモジナイズしてTACを溶出させるなどの処理をするので、この後の工程では「試料」の方が適切な訳語になると考えます。
⑨HPLCによるTAC濃度測定
TAC concentrations in lung tissue were determined using a previously HPLC assay as described below.
公開訳:既に述べたHPLC法(下記)を用いて、肺組織内のTAC濃度を決定した。
「determined」を「決定した」か「測定した」とするかで悩むことが過去に何度かありました。
この一文の後に、HPLC(高速クロマトグラフィ)を行うための前処理(抽出)と、HPLCによってTAC濃度を決定するまでが詳細に述べられています。
「HPLCによってTAC濃度を決定した。その方法は~であり、そのような工程で測定することによって、濃度を決定した」と考えることができます。
濃度を決定することに重点をおいているのか、または濃度を決定するまでの工程や手段に充填を置いているのかという違いだろうと思います。
まとめ
明細書の実験的な記述を読むのはやや苦手意識がありました。
しかし一文ずつ調べながら読んでみると、少なくとも「手も足も出ない」状態ではなくなります。
今回の明細書は、日本語で読むと理解できなかった部分が原文(英語)だと「ああ、そういうことか」と理解できることもありました。
次の記事では、HPLCによる前処理(固相抽出)とHPLCによるTAC濃度決定の部分を取り上げます。