以下の明細書の対訳学習が終わりました。
【公表番号】特表2020-505390(P2020-505390A)
【公表日】令和2年2月20日(2020.2.20)
【発明の名称】CRISPR治療薬を送達するためのウイルスベクターとしてのレンチウイルスおよび非組み込みレンチウイルス
今回は、「treat」について調査したことをまとめます。
- 「treat」の訳語
- treating a lytic virus
- treating a viral infection
- treating the host cell
- treat disease
- restriction endonuclease treatment
- treatment of illnesses
- treating individuals
- organism being treated
- treatment of a subject
- local or systemic treatment
- treated with the composition
- individual is treated
- treatment with composition
- frequency of treatment
- まとめ
「treat」の訳語
「treat」の主な訳語としては以下が挙げられます。
- 治療する
- 処理する
- 処置する
- 扱う
今回の明細書に登場した「treat」を取り上げて、気づきをまとめます。
ちなみに、「treatment」と「therapy」について、過去に自力翻訳と公開訳を比較して以下の記事にまとめています。
treating a lytic virus
A composition for treating a lytic virus, including a lentiviral vector encoding isolated nucleic acid encoding at least one gene editor that targets viral DNA and a viral RNA targeting composition.
公開訳:ウイルスDNAを標的とする少なくとも1つの遺伝子エディターおよびウイルスRNA標的化組成物をコードする単離された核酸をコードするレンチウイルスベクターを含む、溶菌ウイルスを処理するための組成物。
まず1つ目は、「treating a lytic virus」です。
この一文において訳語として考えられるのは、「処置」「処理」「治療」あたりかと思います。
それぞれの意味を『新明解国語辞典』で調べてみると、以下のようでした。
・処理:事件または事務などをさばいて、始末をつけること。
・処置:①ある判断を下して、その扱いを取り決めること。また、その扱い②傷(病気)などに対して手当てをすること。また、その手当て。
・治療:手当てをして病気・けがなどを治すこと。また、その手当て。
これを、「ウイルスをtreatする」場合で考えると、以下のようになるでしょうか
・処理:ウイルスゲノムを切断して、結果として宿主からウイルスを排除すること
・処置:治療薬(CRISPR治療薬など)投与などの行為を行うこと、また、その行為
・治療:ウイルス感染者に治療薬(CRISPR治療薬)を投与してウイルス感染症を治すこと、また、その行為(投与)
「処理」は「ウイルス排除」という始末をつけているのに対して、「処置」はあくまでその始末をつけるための行為を行うという感じでしょうか。
「治療」は始末をつけることと、そのための行為の両方の意味をもつイメージです。
ちなみに、AIとの対話から、AIは以下のように使い分けているようでした。
「処理」「処置」「治療」それぞれのヒット数をJ-Plat Patとネットで調べてみました(使用される文脈は異なると思うので、あくまで目安として)。
J-Plat Patで調べたところ、ヒット数は以下の通りでした。
- 「ウイルスを処理」:16件
- 「ウイルスを処置」:71件
- 「ウイルスを治療」:86件
Googleで調べると以下のようでした。
- 「ウイルスを処理」:約 272,000 件
- 「ウイルスを処置」:約 16,000 件
- 「ウイルスを治療」:約 46,100 件
「ウイルスを治療する」だと「治療して」とか「治療した」などの表現が含まれないので、「ウイルスを治療」でフレーズ検索しました。
ただ、「ウイルスを治療薬として使用する」のような表現もヒットするので、「ウイルスを治療する」で検索しました。
それでも約 29,300 件 のヒット数でした。
「ウイルスを治療する」だと、ウイルス自体に治療行為をするようで違和感がありますが、病院や大学のサイトではこのフレーズが使用されています。
原文にもどります。
「A composition for treating a lytic virus, including…」つまり「…を含む、溶菌性ウイルスをtreatするための組成物」と書かれています。
宿主からのウイルス排除(国語辞典でいう「始末をつける」)という結果に至るための組成物と考えることができます。
「ウイルスを治療」でもいいのでしょうが、自分も公開訳と同じく「処理」と訳出していただろうと思います。
treating a viral infection
U.S. Patent Application Publication No. 20150368670 to Quake discloses a composition for treating a viral infection including a viral vector that can be lentivirus including a gene for a therapeutic and a sequence that causes the therapeutic to be expressed within a cell that is infected by a virus.
公開訳:Quakeに対する米国特許出願公開第20150368670号明細書は、治療薬についての遺伝子およびウイルスにより感染される細胞内で治療薬を発現させる配列を含むレンチウイルスであり得るウイルスベクターを含む、ウイルス感染を処理するための組成物を開示している。
次に、「treating a viral infection」です。
J-Plat Patでは「ウイルス感染を処理」で15件ヒットしており、武田薬品工業の明細書でも使用されています。
ただ、個人的には「ウイルス感染を処理」よりも「ウイルス感染症を治療」とする方が自然ではないかと思います。
「ウイルス感染細胞を処理する」とか、「(ウイルス)感染細胞におけるウイルスを処理する」とかであれば「処理」でも良いと思います。
自分訳:Quakeに対する米国特許出願公開第20150368670号明細書は、治療薬の遺伝子とウイルスが感染している細胞内で治療薬を発現させる配列とを含むウイルスベクター(レンチウイルスであり得る)を含む、ウイルス感染症を治療するための組成物を開示している。
「治療薬を発現」は、「治療薬となる物質(CRISPR-Cas9)を発現させる」ということだと理解しています。
treating the host cell
U .S. Patent Application Serial No. 14/838,057 to Khalili, et al. discloses a method of inactivating a proviral DNA integrated into the genome of a host cell latently infected with a retrovirus, by treating the host cell with a composition comprising a Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat (CRISPR)-associated endonuclease, and two or more different guide RNAs (gRNAs), wherein each of the at least two gRNAs is complementary to a different target nucleic acid sequence in a long terminal repeat (LTR) of the proviral DNA; and inactivating the proviral DNA.
公開訳:Khaliliらに対する米国特許出願第14/838,057号明細書は、クラスター化して規則的な配置の短い回文配列リピート(CRISPR)関連エンドヌクレアーゼ、および2つ以上の異なるガイドRNA(gRNA)(少なくとも2つのgRNAの各々が、プロウイルスDNAの末端反復配列(LTR)の異なる標的核酸配列と相補的である)を含む組成物を用いて宿主細胞を処理すること;およびプロウイルスDNAを不活化することにより、レトロウイルスに潜伏感染した宿主細胞のゲノムに組み込まれたプロウイルスDNAを不活化する方法を開示している。
「treating the host cell with…」は「…を用いて宿主細胞を処理する」が好ましいと思います。
treat disease
The ability to target only RNA, which helps carry out the genomic instructions, offers the ability to specifically manipulate RNA in a high-throughput manner— and manipulate gene function more broadly. This has the potential to accelerate progress to understand, treat and prevent disease.
公開訳:ゲノムの指令の実行を手助けするRNAのみを標的とし得ることで、ハイスループットでRNAを特異的に操作し、そして遺伝子機能をより広く操作する能力が得られる。これは、疾患の理解、処置および予防の進歩を加速する可能性を有する。
「疾患の処置」も検索すると多くヒットしますが、「ウイルス排除という結果」に至る(つまり始末をつける)「治療」が好ましいのではないかと思います。
それに、「treatment and prevention of disease(疾患の治療および予防)」のフレーズが馴染みがあるというか、日本語としてはしっくりきます。
考えすぎでしょうか。
restriction endonuclease treatment
Thus, an isolated nucleic acid includes, without limitation, a DNA molecule that exists as a separate molecule, independent of other sequences (e.g., a chemically synthesized nucleic acid, or a cDNA or genomic DNA fragment produced by the polymerase chain reaction (PCR) or restriction endonuclease treatment).
よって、単離された核酸としては、以下に限定されるものではないが、他の配列(たとえば、化学合成された核酸、あるいはポリメラーゼ連鎖反応(PCR)もしくは制限エンドヌクレアーゼ処理により作製されたcDNAまたはゲノムDNAフラグメント)に関係なく、切り離された分子として存在するDNA分子が挙げられる。
この一文は、「単離された核酸」の一例として、制限酵素でtreatして(つまり切断して)作製したDNA断片を指しています。
「処理」が好ましいと思います。
treatment of illnesses
CRISPR/Cpf1 could have multiple applications, including treatment of genetic illnesses and degenerative conditions.
公開訳:CRISPR/Cpf1は、遺伝疾病および変性状態の処置を含め、複数の用途を有し得る。
「処置」でもいいですが、個人的には「治療」としたいです。
treating individuals
The composition can additionally include any other CRISPR or gene editing systems that target viral DNA genomes and excise segments of those genomes. This co-therapeutic is useful in treating individuals infected with lytic viruses that Cas9 systems alone cannot treat.
公開訳:本組成物は、ウイルスDNAゲノムを標的とし、それらのゲノムセグメントを切り出す他の任意のCRISPRシステムまたは遺伝子編集システムをさらに含んでもよい。この共治療薬は、Cas9システム単独で処理できない溶菌ウイルスに感染した個体を処置するのに有用である。
この一文も、自分なら「溶菌ウイルスに感染した個体を治療」とするだろうと思います。
「ウイルスの完全な排除という結果を得る=治療」と「そのための行為=治療」の両方を指しており、そのために有用な組成物であると考えてます。
自分訳:本組成物は、ウイルスDNAゲノムを標的とし、それらのゲノムセグメントを切り出す他の任意のCRISPRシステムまたは遺伝子編集システムをさらに含んでもよい。この共治療薬は、Cas9システム単独で処理できない溶菌ウイルスに感染した個体を治療するのに有用である。
好みの問題なのでしょうか。
organism being treated
This cassette can then be inserted into a vector, e.g., a plasmid vector such as, pUC19, pUC118, pBR322, or other known plasmid vectors, that includes, for example, an E. coli origin of replication. The plasmid vector may also include a selectable marker such as the β-lactamase gene for ampicillin resistance, provided that the marker polypeptide does not adversely affect the metabolism of the organism being treated.
公開訳:次いでこのカセットは、ベクター、たとえば、pUC19、pUC118、pBR322などのプラスミドベクター、またはたとえば、E.コリ(E.coli)複製起点を含む他の既知のプラスミドベクターに挿入してもよい。プラスミドベクターは、アンピシリン耐性のためのβ-ラクタマーゼ遺伝子など選択可能なマーカーをさらに含んでもよい、ただしマーカーポリペプチドは、処置されている生物の代謝に悪影響を与えないものとする。
発現カセットをプラスミドなどのベクターに挿入してもよい、そしてプラスミドベクターは、マーカー遺伝子を含んでいてもよい、という一文です。
例えば、目的のタンパク質(CRISPR-Cas9)を発現する遺伝子と、その発現に関わる調節因子(プロモーター配列など)とともに、マーカーとなる遺伝子(β-ラクタマーゼ遺伝子)をプラスミドベクターに挿入するとします。
β-ラクタマーゼは、β-ラクタム系抗菌薬(例:アンピシリン)を不活性化する酵素です。
このベクターを大腸菌に組み込み、大腸菌をアンピシリン(抗生物質)を含む培養液に入れます。
アンピシリンに耐性を持たない大腸菌は死滅します。
プラスミドベクターが上手く組み込めた大腸菌は、アンピシリンを不活性化する酵素(β-ラクタマーゼ)を持っています。つまりアンピシリンに対する耐性を持っているので死滅しません。
アンピシリン存在下では、β-ラクタマーゼ遺伝子を含むベクターの組み込みに成功した大腸菌のみが生存するので、組み込みに成功した大腸菌をスクリーニングすることができます。
原文に戻ると、「the organism being treated」の「the organism」は、大腸菌などベクターが導入される生物を指していると考えます。
「the organism being treated」は、「処理されている生物」がしっくりきますが、どうでしょうか。
公開訳がなぜ「処置」としているのかが分かりません。
もしかすると、「(組成物を投与された)治療されている生物」という意味で「処置されている生物」としたのでしょうか?
treatment of a subject
Any of the pharmaceutical compositions of the invention can be formulated for use in the preparation of a medicament, and particular uses are indicated below in the context of treatment, e.g., the treatment of a subject having a virus or at risk for contracting a virus.
公開訳:本発明の医薬組成物のいずれも、薬物の調製に使用するため製剤化してもよく、処置、たとえば、ウイルスを有するまたはウイルスに感染するリスクがある被検体の処置の状況における特定の使用を下記に示す。
これは「治療」は考えにくいですね。
「ウイルスに感染するリスクがある被検体を治療」は不自然です。また、「被検体の処理」というのも、なんだか変です。
最もしっくりくるのは「被検体の処置」です。
しかしそれなら、これまでに「治療」が良いのではないか?と取り上げたものも「処置」として良さそうな気がしてきます。
local or systemic treatment
These compositions can be prepared in a manner well known in the pharmaceutical art, and can be administered by a variety of routes, depending upon whether local or systemic treatment is desired and upon the area to be treated.
公開訳:これらの組成物は、医薬品技術分野でよく知られた方法で調製することができ、局所処置それとも全身処置が所望されるか、および処置される場所に応じて、種々の経路により投与することができる。
「局所処置」や「全身処置」は、怪我の処置のようなイメージを持ちます。実際に検索してみると、創傷や熱傷に関連するサイトで多くヒットします。
もしこの一文だけを訳すのであれば、以下のようにしたいです。
自分訳:これらの組成物は、医薬品技術分野でよく知られた方法で調製することができ、局所療法それとも全身療法が所望されるか、および治療対象部位に応じて、種々の経路により投与することができる。
しかし公開訳のように「処置」とする方が統一されていて良いのでしょうか。
treated with the composition
In any of the methods described herein, treatment can be in vivo (directly administering the composition) or ex vivo (for example, a cell or plurality of cells, or a tissue explant, can be removed from a subject having an viral infection and placed in culture, and then treated with the composition).
公開訳:本明細書に記載の方法のいずれにおいても、処置は、インビボ(組成物を直接投与する)でも、あるいはエキソビボ(たとえば、ウイルス感染を有する被検体から1つの細胞もしくは複数の細胞または組織外植片を取り除き、培養液に入れ、次いで本組成物で処理する)でもよい。
individual is treated
An individual is effectively treated whenever a clinically beneficial result ensues.
公開訳:個体は、臨床上有益な結果が得られるときはいつでも、効果的に処置されている。
treatment with composition
The duration of treatment with any composition provided herein can be any length of time from as short as one day to as long as the life span of the host (e.g., many years).
本明細書で提供される任意の組成物を用いた処置の期間は、1日という短い時間から宿主の寿命という長い時間(たとえば、長年)まで、どのような時間の長さであってもよい。
frequency of treatment
For example, a compound can be administered once a week (for, for example, 4 weeks to many months or years); once a month (for, for example, three to twelve months or for many years); or once a year for a period of 5 years, ten years, or longer. It is also noted that the frequency of treatment can be variable.
公開訳:たとえば、化合物は、週1回(たとえば、4週間から何ヶ月もの間または何年もの間);月に1回(たとえば、3ヶ月から12ヶ月または何年もの間);あるいは5年、10年またはそれを超える期間に年1回投与してもよい。さらに、処置の頻度も変動し得ることに注意されたい。
自分なら「投与頻度」としていただろうと思います。
まとめ
今回は、「treat」についてまとめました。
公開訳では「処置」と「処理」が使用されていました。おそらく以下のように訳し分けているのだと思います。
①処理:ウイルスの処理(組成物によってゲノムを切断 + 排除)
②処置:感染個体の処置、組成物による(個体の)処置、ベクター組み込み細胞の処置
一方、私が挙げたものには「処理」「治療」「処置」「投与」「療法」がありました。
①処理:ウイルスの処理(組成物によってゲノムを切断 + 排除)、ベクター組み込み細胞の処理
②治療:感染個体の治療、組成物による(個体の)治療
③処置:ウイルスに感染するリスクのある個体の処置
④投与:投与の頻度
⑤療法:局所療法、全身療法
やはり細かく訳し分けすぎでしょうか。
②と④と⑤は「処置」でも良いのかなとも思います(少なくとも「処理」ではない)。そう考えると、訳し分けはほぼ公開訳と同じです。
今回の明細書を含めてこれまでに読んだ明細書から、同じような意味合いであれば、細かく訳し分けずになるべく統一させる方が好ましいのだろうと思います。
今後も関連特許をいくつか読む予定なので、新たなことが分かれば追記します。