バイオ・メディカル

CRISPR治療薬送達ウイルスベクターの明細書対訳(公開訳に対する気づき)

前回のブログ記事に引き続き、以下の明細書を取り上げます。

【公表番号】特表2020-505390(P2020-505390A)
【公表日】令和2年2月20日(2020.2.20)
【発明の名称】CRISPR治療薬を送達するためのウイルスベクターとしてのレンチウイルスおよび非組み込みレンチウイルス

今回は、公開訳に対する気づきをまとめます。

※現時点での気づきをまとめています。今後、新たなことが分かればこの記事に追記するか、別の記事にまとめます。

公開訳に対する気づき

免疫応答の作出

Viral vectors are useful because they can efficiently infect cells and transfer genetic material without creating an immune response.

公開訳:遺伝子材料を送達するために体内中への導入に安全となったウイルスベクターが作出されている。ウイルスベクターは、それらが細胞に効率的に感染し、免疫応答の作出なしで遺伝子材料を移し得るため、有用である。

「免疫応答を作出」という表現が、どうもしっくりこないです。

「免疫応答を作り出す」で検索するとヒットはありますが、「引き起こす」とか「もたらす」とする方が自然に感じます。

また、「they」を「それらが」と訳出することによって、かえって読みにくい感じがするのですが、ここまで忠実に訳出する必要はあるのでしょうか。

以下のようにするのはどうでしょうか。

自分訳:遺伝物質を送達するために体内への導入に安全な状態にしたウイルスベクターが作出されている。ウイルスベクターは、細胞に効率的に感染し、免疫応答を引き起こすことなく遺伝物質を移送することができるため、有用である。

「transfer」については「ベクターで遺伝物質を細胞質内に移送する」などの表現がヒットするため、「移送」としました。

癌遺伝子および癌の活性化

One concern that people have had with lentiviral vectors is that the provirus can disturb the function of cellular genes and lead to activation of oncogenes and cancer.

公開訳:レンチウイルスベクターについて人々が有している1つの概念は、プロウイルスが細胞遺伝子の機能を撹乱し、癌遺伝子および癌の活性化をもたらし得ることである。

次は、係り受けについてです。

「activation of oncogenes and cancer」に対して、公開訳では「癌遺伝子および癌の活性化」となっています。

しかし、「がんの活性化」に違和感を持ちました。調べるとヒットはありますが、やはりしっくりきません。

がん遺伝子が活性化される結果として、細胞のがん化(がんの発生)がもたらされるのではないでしょうか。

また、「concern」は、文脈から「懸念」とすると自然かと思います。

以下はどうでしょうか。

自分訳:レンチウイルスベクターについて人々が有する1つの懸念は、プロウイルスが細胞遺伝子の機能を妨害し、がん遺伝子の活性化及びがんをもたらす可能性があることである。

「disturb」は、「細胞遺伝子の機能を撹乱」から「妨害」としました。

宿主細胞の繁殖

In the lysogenic cycle, virion DNA is integrated into the host cell, and when the host cell reproduces, the virion DNA is copied into the resulting cells from cell division.

公開訳:溶原サイクルでは、ビリオンDNAが宿主細胞に組み込まれて、宿主細胞が繁殖すると、ビリオンDNAは細胞分裂の結果生じる細胞にコピーされる。

「繁殖」は、動物が生まれて増えるイメージです。

細胞は、分裂する前にDNAを2倍にします。これを「複製」といって、複製されたDNAが分裂によって半分に分けられます(つまり元のDNA量に戻る)。

以下のようにすると良いと考えます。

自分訳:溶原サイクルでは、ビリオンDNAが宿主細胞に組み込まれて、宿主細胞が複製すると、ビリオンDNAは細胞分裂の結果生じる細胞にコピーされる。

RNA-結合タンパク質

Cleavage is mediated by catalytic residues in the two conserved HEPN domains, mutations in which generate catalytically inactive RNA-binding proteins.

公開訳:切断は、2つの保存されたHEPNドメインの触媒残基により誘発され、その変異は、触媒的に不活性なRNA-結合タンパク質を作出する。

細かいことを取り上げるのですが、

「RNA-binding proteins」の「-」は、これが一語であることを示しているものなので、そのまま訳語に適応する必要はないと考えるのですが、どうでしょうか。

自分訳:切断は、2つの保存されたHEPNドメインの触媒残基により誘発され、その変異は、触媒的に不活性なRNA結合タンパク質を作出する。

DNAを開裂

C2c1 can target and cleave both strands of target DNA site-specifically.

公開訳:C2c1は、標的DNAの両方の鎖を部位特異的に標的とし、開裂させ得る。

DNAの「開裂」というと、文字通り二本鎖を一本鎖に「開き・裂く」ことをいいます。

C2c1は、Ca9と同じく遺伝子編集に用いられるヌクレアーゼです。二本鎖を一本鎖に開裂するのではなく、標的の二本鎖DNAを切断するものと考えます。

自分訳:C2c1は、標的DNAの両方の鎖を部位特異的に標的とし、切断することができる。

RNA由来の配列

PCR can be used to amplify specific sequences from DNA as well as RNA, including sequences from total genomic DNA or total cellular RNA.

公開訳:PCRを使用して、全ゲノムDNAまたは全細胞RNA由来の配列を含め、DNAのほかRNA由来の特定の配列を増幅することができる。

遺伝子関連の明細書を読むと、公開訳では「from」に対して「~由来の」と訳されていることが多いです。

『新明解国語辞典 第八版』によれば、「由来する」には以下の意味があります。

起源を尋ねると、そこまでさかのぼることが出来ること。

例えば、細菌細胞のDNA配列中にウイルスDNAの配列がみられる場合、「ウイルス由来のDNA配列」などと表現するのは納得できます。

今は宿主細胞のDNA配列として存在しているが、(起源をたどれば)元はウイルスの配列だからです。

しかし、取り上げたこの一文は、全ゲノムDNAや全細胞RNAに「含まれている」特定の配列を増幅することができるということではないでしょうか。

~の」でも良さそうですが、「全ゲノムDNAまたは全細胞RNAの配列」となるので、「全ゲノムDNA配列」という意味にも受け取れます。

~から」でも表現できると考えます(本当は「~に含まれている」としたいですが)。

自分訳:PCRを使用して、全ゲノムDNAまたは全細胞RNAからの配列を含め、DNAのほかRNAから特定の配列を増幅することができる。

Cpf1遺伝子とCRISPR座位の連鎖

Cpf1 genes are associated with the CRISPR locus, coding for an endonuclease that use a guide RNA to find and cleave viral DNA.

公開訳:Cpf1遺伝子は、CRISPR座位と連鎖しており、ガイドRNAを使用してウイルスDNAを見つけて切断するエンドヌクレアーゼをコードする。

Cpf1はCas9と同じく、DNAを切断する酵素です。

Cas9については別記事にまとめる予定ですが、Casというのは「CRISPR-associated protein」を指し、「CRISPR関連タンパク質(酵素)」を意味します。

CRISPR RNAと複合体を形成し、標的DNAを切断するタンパク質なので、「CRISPR関連タンパク質」と表現されます。

Cpf1もCas9と同じく、「The CRISPR-associated DNA-cleaving enzyme Cpf1」と表現されるように、「CRISPR関連DNA切断酵素」です。

「連鎖」とすると、物理的に繋がっているようなイメージがあります。「関連」の方が好ましいと考えますが、どうでしょうか。

自分訳:Cpf1遺伝子は、CRISPR座位と関連しており、ガイドRNAを使用してウイルスDNAを見つけて切断するエンドヌクレアーゼをコードする。

fusionとfunction

The TevCas9 nuclease is a fusion of a l-Tevi nuclease domain to Cas9.

公開訳:TevCas9ヌクレアーゼは、Cas9に対するI-Teviヌクレアーゼドメインの機能である。

TevCas9は、「Cas9」に「l-Tevi」というヌクレアーゼ(酵素)を融合させたものです。

2つのヌクレアーゼが融合されているので、より効率的にウイルスのDNA配列を切断することができるというものです。

恐らく、公開訳は「a function of」として訳されているのかと思われます。

自分訳:TevCas9ヌクレアーゼは、Cas9にI-Teviヌクレアーゼドメインを融合したものである。

confer on

A marker gene can confer a selectable phenotype on a host cell.

公開訳:マーカー遺伝子は、宿主細胞上で選択可能な表現型を与えることができる。

また、細かいことを取り上げます。

公開訳の「宿主細胞上で」に違和感があります。おそらく、「on」に対して「~上で」としているのだろうと思います。

「confer A on B」で「BにAを与える」ですので、「宿主細胞に与える」で良いのではないでしょうか。

自分訳:マーカー遺伝子は、宿主細胞選択可能な表現型を与えることができる。

活性成分を含むもの

This invention also includes pharmaceutical compositions which contain, as the active ingredient, nucleic acids and vectors described herein in combination with one or more pharmaceutically acceptable carriers.

公開訳:本発明は、1種または複数種の薬学的に許容されるキャリアと組み合わせて、本明細書に記載の核酸およびベクターを含む医薬組成物を活性成分としてさらに含む。

公開訳の場合、「本発明が、医薬組成物を活性成分として含む」と読み取れます。

「which contain, as the active ingredient, …」は「医薬品組成物が、活性成分として~を含有する」と考えます。

自分訳:また、本発明は、1種または複数種の薬学的に許容される担体と組み合わせて、本明細書に記載の核酸およびベクターを活性成分として含有する医薬組成物を含む。

投与のモード

The excipient or carrier is selected on the basis of the mode and route of administration.

公開訳:賦形剤またはキャリアは、投与のモードおよび経路に基づき選択される。

「mode of administration」は、「投与の方法」や「投与法」が好ましいと考えます。

自分訳:賦形剤または担体は、投与の方法および経路に基づき選択される。

患者のサイズ

The dosage required will depend on the route of administration, the nature of the formulation, the nature of the patient’s illness, the patient’s size, weight, surface area, age, and sex, other drugs being administered, and the judgment of the attending clinicians.

公開訳:必要とされる投与量は、投与経路、製剤の性質、患者の疾病の性質、患者のサイズ、体重、表面積、年齢および性別、投与されている他の薬剤および担当臨床医の判断に依存する。

「patient’s size」は、検索すると「患者の身長」が多くヒットします。

しかし、特許明細書では「患者のサイズ」という表現も用いられています。

「サイズ」の方が好ましいのでしょうか。

まとめ

今回は、公開訳に対する気づきをまとめました。

引き続き、この明細書を使って別のテーマで記事を書く予定です。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です