前回に引き続き、自力翻訳した以下の明細書について記事を書きます。
【公表番号】特表2012-503011(P2012-503011A)
【公表日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【発明の名称】慢性C型肝炎ウイルス感染の免疫療法
今回は、”subject”について疑問点を中心にまとめます。
「訳し分け」について
“subject”というと、「対象者」や「被験者」などの訳語がありますが、今回の明細書では以下のように訳し分けました。
- 対象患者
- 患者
- 投与対象者
- 被験者
- 〇〇例
一方、公開訳では全て「被験者」と訳出していました。
もし、”subject”に対しては全て「被験者」で統一するということであれば、今回の自力翻訳は、実際にかかった時間よりもっと早く終わることができていたと思います。
公開訳と比較してみると、自分は訳し分けすぎではないかと感じました。
「被験者」と統一する方が読み手には分かりやすいとも思えますが、「被験者」を臨床試験に関わる部分以外で使用することに違和感があります。
訳出時、臨床試験に関わる部分を「被験者」、それ以外の部分を「患者」としようとしました。
しかし、原文で”subject”と”patient”が使い分けられているのだから、”subject”は「患者」以外で、かつ文脈によって訳し分けるべきだと考えました。
ただ、訳し分けが増えるほど、訳語を確定するまでの時間がかかる上に訳し直しが増えます。
「この”subject”は同じ訳語をあてる or 他の訳語をあてる」という自分の判断基準となる軸が、途中からブレているのを感じました。
これまでに読んだ明細書では、同じ語に対して訳語が統一されていることが多いです。今回の記事で挙げるような訳し分けは、特許明細書では好まれないのでしょうか。
どのように訳し分けたのかを例文を挙げながらまとめます。
“subject”訳し分け
subject①
This invention generally relates to methods for treating chronic hepatitis C virus (HCV) infection in a subject.
公開訳:本発明は概して、被験者における慢性C型肝炎ウイルス(HCV)感染を治療するための方法に関する。
自分訳:本発明は概して、慢性C型肝炎ウイルス(HCV)感染を対象患者において治療する方法に関する。
上記は、【技術分野】の最初の一文です。
この明細書で、私が”subject”に対して「被験者」という訳語を選択したのは臨床試験に関わる部分だけです。
臨床試験に関わる部分以外は、「対象患者」や「投与対象者」などと訳出しています。
この一文は、試験対象となる人(被験者)におけるHCV感染を治療することに限定されるのではなく、全てのHCV感染患者において、ということではないでしょうか。
なので「被験者」とはしませんでした。
「対象者」とせず「対象患者」としたのは、「対象者」だと何の対象者であるのか分かりにくいと考えたからです。
しかし、”patient”と書かれているわけでもないのに「患者」をつけるのは余計な補いだったのでしょうか。
subject②
There is at present no preventative composition, and therapeutic options are currently limited to interferon/ribavirin therapy (see below), which is often poorly tolerated, is contraindicated in many subjects, and is expensive.
公開訳:現在のところ、予防的組成物はなく、治療の選択肢は現在のところインターフェロン/リバビリン療法(以下を参照のこと)に限られており、この療法は耐容性が低い場合が多く、多くの被験者には禁忌であり、且つ高価である。
自分訳:現在、予防的な組成物は存在せず、治療選択肢は現在のところインターフェロン/リバビリン療法(以下参照)に限定されているが、この療法は忍容性が不良である場合が多く、多くの患者で禁忌とされていることに加え、費用がかかる。
「慢性HCV感染症に対する予防的な組成物は今のところ存在せず、インターフェロン&抗ウイルス療法を受けるしかないが、この治療法には問題がある」という一文です。
一番目に挙げた文のように”subject”を「対象患者」としてみましたが、どうもしっくりしませんでした。
禁忌とされているのなら、その治療法の「対象」とはならないのではないでしょうか。
「”患者”が一番しっくりくるのだが…」と調べると該当があったため(『日外アソシエーツ バイオ・メディカル22万語英和辞典』)、「患者」としました。
しかし、この一文以降に登場する”subject”に対して、「患者」と訳出することを避けています。”patient”との訳し分けがなくなってしまうからです。
今こうしてブログにまとめていると、「患者」と訳出することを避けるのであれば、この一文の”subject”も「患者」以外にするべきだったと思うのですが。
自分の中で訳すときの統一感がないというか、軸がブレている感じがします。
subject③
Yet another embodiment of the invention relates to a method to treat a subject who is chronically infected with HCV.
公開訳:本発明のさらに別の実施形態は、慢性的にHCVに感染した被験者を治療する方法に関する。
自分訳:本発明のさらに別の実施形態は、慢性HCV感染者を治療する方法に関する。
最初に、「慢性的にHCVに感染している対象患者」としましたが、不自然だと感じました。
次に「慢性的にHCVに感染した患者」としました。日本語として読んだ場合、一番しっくりくるのは「患者」だと考えたからです。
しかし、そうなると以降の”subject”も「患者」とすることになり、”patient”との訳し分けがなくなってしまいます。
「患者」を訳語の候補から外しました。
最終的に「慢性的に感染している〇〇」という表現を避けて「慢性HCV感染者」としました。
「慢性HCV感染者」とすれば、以下の文章で「~に対して不耐性である慢性的にHCVに感染した対象患者」などと冗長な表現を避けられるとも考えました。
Yet another embodiment of the invention relates to the use of an immunotherapeutic composition comprising at least one HCV antigen or immunogenic domain thereof in the preparation of a medicament to continue treatment of a chronically HCV-infected subject who is intolerant to combination interferon-anti-viral compound therapy.
公開訳:本発明のさらに別の実施形態は、インターフェロン-抗ウイルス化合物の併用療法に対して不耐性である慢性的にHCVに感染した被験者の治療を継続するための医薬品の調製における少なくとも1つのHCV抗原又はその免疫原性領域を含む免疫治療組成物の使用に関する。
自分訳:本発明のさらに別の実施形態は、インターフェロン-抗ウイルス化合物の併用療法に不耐容である慢性HCV感染者の治療を継続するための薬剤の調製における、少なくとも1つのHCV抗原またはその免疫原性ドメインを含む免疫療法組成物の使用に関する。
subject④
Yet another embodiment of the invention relates to a method to reduce the number of breakthrough subjects during treatment or the number of relapsers post-treatment in a population of subjects chronically infected with hepatitis C virus (HCV), as compared to the number of breakthroughs during treatment or the number of relapses post-treatment in a population of subjects chronically infected with HCV that is treated only with interferon and anti-viral therapy.
公開訳:本発明のさらに別の実施形態は、治療中のブレイクスルー被験者数又は慢性的にC型肝炎ウイルス(HCV)に感染した被験者の集団における治療後の再発者数を、慢性的にHCVに感染し、インターフェロン及び抗ウイルス療法のみで治療された被験者の集団の治療中のブレイクスルー被験者数又は治療後の再発者数と比べて減少させる方法に関する。
自分訳:本発明のさらに別の実施形態は、慢性C型肝炎ウイルス(HCV)感染者集団における治療中のブレイクスルー例数または治療後再燃例数を、インターフェロン療法および抗ウイルス療法のみを受ける慢性HCV感染者集団における治療中のブレイクスルー数または治療後再燃数と比較して減少させる方法に関する。
臨床試験に関わる部分ではないので「被験者」は訳語の候補にありませんでした。また「ブレイクスルー対象者」も不自然だと感じました。
「慢性C型肝炎ウイルス(HCV)感染者集団における治療中のブレイクスルー感染者数」にすべきなのか?
それとも、”subject”に対する他の訳語と統一させて「慢性的にC型肝炎ウイルス(HCV)に感染している対象患者集団における治療中のブレイクスルー対象患者数」とする方が良いのか?
と考えた挙句、最終的に「ブレイクスルー例」としました。
「被験者」で統一している公開訳とは異なり、”subject”に対する訳語が全く統一されていないことが分かります。
subject⑤
Fig. 6 is a graph showing that, as a group, subject who were prior non-responders to interferon therapy (Prior Non-responders) who completed the first 4 weeks of triple therapy showed a statistically significant trend toward increased (enhanced) second phase kinetics for peripheral viral reduction as compared to prior non-responders treated with SOC alone.
公開訳:【図6】一群として、三剤併用療法の最初の4週を終了したインターフェロン治療に対する従前の無反応者(無反応者)であった被験者が、SOC単独で治療された従前の無反応者との比較において、末梢ウイルス減少について増大した(増強した)第2相の動態へ向かうという統計学的に有意な傾向を示したことを示すグラフである。
自分訳:【図6】図6は、群として、3剤併用療法の最初の4週間を終了した、インターフェロン療法による前治療無効例(「前治療無効例」群)が、SOC単独を受けた前治療無効例と比較して、末梢血ウイルス量減少について第2相の動態が増加(増強)される、統計的に有意な傾向を示したことを示すグラフである。
もはや”subject”を訳出していません。
訳出時は「前治療無効例」で”subject who were prior non-responders to~”を表せていると考えたのですが、改めてみると訳抜けと言われても仕方がありません。
この図面の説明は臨床試験に関わるものなので、「前治療無効例であった被験者」とすれば良かったです。
subject⑥
Compositions and therapeutic compositions of the invention can further include any other compounds that are useful for protecting a subject from HCV infection or that treats or ameliorates any symptom of such an infection.
公開訳:本発明の組成物及び治療組成物は、被験者をHCV感染症から保護するために有用であるか、又はこのような感染症の任意の症状を治療若しくは改善する任意の他の化合物をさらに含むことができる。
自分訳:本発明の組成物および治療用組成物は、HCV感染から投与対象者を保護するのに有用な任意の他の化合物や、そのような感染のあらゆる症状を治療もしくは緩和する化合物をさらに含み得る。
組成物に焦点を当てた一文であるので、「組成物の投与対象」という意味で「投与対象者」と訳出しました。
subject⑦
The immunotherapeutic composition preferably elicits an immune response in a subject such that the subject obtains a benefit from the composition and is preferably treated.
公開訳:免疫治療組成物は、好ましくは、被験者が組成物からの利点を得、好ましくは治療されるように、被験者において免疫応答を誘発する。
自分訳:免疫療法組成物は、投与対象者がこの組成物から利益を得て好ましくは治療されるように、投与対象者において免疫応答を誘発することが好ましい。
先ほどと同じ理由で、「投与対象者」と訳出しました。
subject⑧(定義)
According to the present invention, the term “patient” or “subject” can be used to describe any animal that is the subject of a diagnostic, prophylactic, or therapeutic treatment as described herein.
公開訳:本発明によれば、「患者」又は「被験者」という用語は、本明細書に記載する診断、予防、又は治療の被験者である、任意の動物について記載するために使用できる。
自分訳:本発明によれば、用語「患者」または「被験者(対象患者、投与対象者)」は、本明細書に記載される診断的、予防的、または治療的処置の対象となる任意の動物を記載するために使用され得る。
(定義)の一文です。
“subject”に対して複数の訳語をあてている場合は、上記のように「被験者(対象患者、投与対象者)」とする方が良いのか、やはり訳し分けない方が良かったのかが疑問です。
subject⑨(定義)
“Naive” or “Interferon-naϊve” subjects (patients) are subjects who have not been previously treated with interferon or SOC (interferon plus ribavirin).
公開訳:「ナイーブ」又は「インターフェロン-ナイーブ」被験者(患者)とは、インターフェロン又はSOC(インターフェロンに加えてリバビリン)で従前に治療されていない被験者である。
自分訳:「未治療」または「インターフェロン未治療」の被験者(患者)は、インターフェロンまたはSOC(インターフェロンとリバビリン)による治療歴がない被験者である。
こちらも(定義)の一部ですが、「Naive:未治療」や「Interferon-naϊve:インターフェロン未治療」は臨床試験の投与群に関わる名称ですので、”subject”に対して「被験者」と訳出しました。
subject⑩(定義)
An “individual” or a “subject” or a “patient”, which terms may be used interchangeably, is a vertebrate, preferably a mammal, more preferably a human.
公開訳:交換可能に用いられ得る用語である「個体」又は「被験者」又は「患者」とは、脊椎動物、好ましくは哺乳動物、さらに好ましくはヒトである。
自分訳:「個体」、「被験者(対象患者、投与対象者)」、「患者」は同義に用いられ、脊椎動物であり、好ましくは哺乳類であり、より好ましくはヒトである。
こちらも(定義)の一部です。
臨床試験に限定されず全体についての定義であると考え「被験者(対象患者、投与対象者)」としました。
subject⑪(定義)
An “immunotherapeutic composition” is a composition that elicits an immune response sufficient to achieve at least one therapeutic benefit in a subject.
公開訳:「免疫療法組成物」とは、被験者における少なくとも1つの治療効果を達成するために十分な免疫応答を誘発する組成物である。
自分訳:「免疫療法組成物」は、投与対象者において、少なくとも1つの治療効果を得るのに十分な免疫応答を誘発する組成物である。
こちらも(定義)の一部です。
組成物に焦点を当てた一文であるので、「組成物の投与対象」という意味で「投与対象者」と訳出しました。
まとめ
今回の記事では、”subject”に対する訳語についてまとめました。
訳し分けが増えるほど、訳語を確定するまでの時間がかかるだけではなく訳し直しが増えます。
自力翻訳時にも、「こっちの”subject”を〇〇にするのなら、あの”subject”も〇〇にすべきでは?でもそうなるとあの”subject”も××じゃなくて〇〇にした方が良いのでは…」
などと悩むことに多くの時間を費やしました。
記事の冒頭に書いたように、訳し分けが多くなるほど、かえって読みにくくなるのであれば「被験者」と統一させる方が良いのかも知れません。
次の記事では”treatment”と”therapy”について取り上げます。