化学・物理

固体電池関連の明細書を自力翻訳(自分のミスと公開訳に対する気づき)

先日のブログ記事に続き、以下の明細書について書きます。

【公表番号】特表2023-512743(P2023-512743A)
【公表日】令和5年3月29日(2023.3.29)
【発明の名称】A METHOD OF MANUFACTURING SOLID STATE BATTERY CATHODES FOR USE IN BATTERIES

ここでは、自分のミス&改善点と、公開訳に対する気づきについてまとめます。

自分のミス&改善点

yield stress

Moreover, the temperature of the substrate is sufficiently low throughout the deposition process such that the temperature adjusted yield stress of the polymer substrate remains sufficiently high such that the polymer substrate does not deform under the stresses exerted by the roll-to-roll processing machine.

公開訳:更に、ポリマー基板の温度調節された降伏応力が、ロールツーロール加工機によって加えられる応力の下でポリマー基板が変形しないように十分に高いままであるように、基板の温度は、堆積プロセスを通して十分に低い。

自分訳:さらに、ポリマー基板がロールツーロール処理装置により作用する応力によって変形しないように、ポリマー基板の温度補正した降伏強度を十分高いまま維持するために、基板の温度は堆積工程全体を通して十分に低い。

言い訳になりませんが、”yield strength(降伏強度)”というワードがこの一文までに何度も登場していたため、反射的に「降伏強度」としてしまったミスです。

降伏応力とは、塑性変形(plastic deformation)(つまり外力を加えるのをやめても元の形に戻らない変形)を起こさずに生じる最大の応力のことをいいます。降伏応力を超えると、物体は塑性変形します。

あまり上手くかけていませんが、塑性変形のイメージです↓

降伏強度も、降伏応力と同じ意味で使用されるようですが、この一文では”yield stress”なのですから降伏応力とすべきでした。

ちなみに、塑性変形とは違って可逆性のある変形を弾性変形(elastic deformation)と言います。

堆積と体積

The series of electromagnets 108 is used to and confine the plasma to a desired shape/volume.

公開訳:一連の電磁石108は、プラズマを所望の形状/体積に閉じ込めるために使用される。

自分訳:一連の電磁石108を使用して、プラズマを所望の形状/堆積となるように閉じ込める。

やる気あるんか?と言われても仕方のないミスですが、「体積」を「堆積」とした漢字変換ミスです。

見直し時に気がつかなかったのですから、見直しも甘かったと言わざるを得ません。

今後のミス防止のために、JustRight!に登録しておきました。

the plasma

The applicant has discovered that if the ratio of the power used to generate the plasma to the power associated with the biasing of the target is more than 1:1, then generally a crystalline material is deposited.

公開訳:本出願人は、プラズマを生成するために使用される電力とターゲットのバイアスに関連する電力との比が1:1を超える場合、一般に結晶材料が堆積されることを発見した。

自分訳:本出願人は、遠隔プラズマを生成するために使用された電力と、ターゲットへのバイアスに関連する電力が1:1より大きい場合、概して結晶性材料が堆積することを見出した。

この一文に書かれていない「遠隔」を入れてしまったミスです。

たしかにこの”the plasma”は遠隔プラズマを指すのですが、それを分かった上で、文脈上好ましいという理由で「遠隔プラズマ」と訳したのならまだしも、単に見間違えただけなのですから、ミスはミスです。

apparent resistance

A detailed explanation is beyond the scope of the present application, but briefly, the accessible capacity of a cathode increases when a higher proportion of the crystals are aligned such that the (101) and (110) planes are parallel to the substrate, as opposed to being aligned such that the (003) plane is parallel to the substrate as the apparent resistance to ion migration is lower.

公開訳:詳細な説明は、本出願の範囲を超えているが、簡単に言えば、(003)面がイオンマイグレーションに対する見かけの抵抗がより低いにつれて基板に平行になるように整列されるのとは対照的に、(101)および(110)面が基板に平行になるように結晶のより高い割合が整列されるときに、陰極のアクセス可能な容量が増大する。

自分訳:詳細な説明は本出願の範囲を超えているが、要するに、より高比率の結晶が、(003)面が基板と平行になるように整列する場合とは対照的に、(101)面および(110)面が基板と平行になるように整列する場合、イオンの移動に対する明らかな抵抗が低下するため、正極の使用可能容量が増加する。

“apparent resistance”を「明らかな抵抗」とした、一発退場レベルの誤訳をしました。

“apparent resistance”をみたときに、「見かけの抵抗」というワードが出てこなかったということは、明らかな勉強不足といえます。

function

Table 1 – properties of LiCoO2 cathode films as a function of deposition parameters

公開訳:表1-蒸着パラメータに応じたLiCoO2カソード膜の特性

自分訳:表1-堆積パラメータの関数としてのLiCoO2正極膜の性質

表をみればわかっただろうと自分にいいたいのですが、「に応じた」の方が好ましいです。

move into and out of

As mentioned above, a powered roller 134 is used to help move the substrate 128 into and out of the plasma deposition apparatus 100.

公開訳:上述したように、動力付きローラ134は、基板128をプラズマ蒸着装置100の内外に移動させるのを助けるために使用される。

自分訳:前述のように、動力つきローラー134は、基板128をプラズマ堆積装置100へと導入し、かつプラズマ堆積装置100から排出するために使用される。

公開訳の方が私の訳よりもすっきりとしていて、かつ原文をきちんと反映していると感じます。

私の訳では、”into and out of”を何とか「導入」と「排出」で表現しようとして、回りくどい訳になってしまいました。

公開訳に対する気づき

The cathode material may comprise one or more transition metals, optionally more than one transition metal.

公開訳:陰極材料は、1つまたは複数の遷移金属、任意には複数の遷移金属を含んでもよい。

自分訳:正極材料は、1つまたは複数の遷移金属、場合により2つ以上の遷移金属を含んでいてもよい。

公開訳では「カソード」としたり「陰極」としたりと、やや統一性がない印象でした。

化学の復習ですが、cathodeは還元反応、anodeは酸化反応が起こる側です。

詳しいメカニズムはここでは省略しますが、電気分解では「cathode:陰極」「anode:陽極」、二次電池(放電)では「cathode:正極」「anode:負極」です。

今回の特許では固体電池が取り上げられているので、「cathode:正極」であると考えます。

係り受け

Additionally, WO2011/131921A1 does not discuss a plasma/target geometric arrangement that allows for achieving the preservation of stoichiometry between a target material and a thin film formed through sputter deposition of said target.

公開訳:加えて、WO2011/131921A1は、前記ターゲットのスパッタ蒸着を介して形成されるターゲット材料と薄膜との間の化学量論の保存を達成することを可能にするプラズマ/ターゲットの幾何学的配置を議論していない。

自分訳:さらに、WO2011/131921A1では、ターゲット材料と、前記ターゲットのスパッタ堆積によって形成された薄膜との間の化学量論を維持できるような、プラズマ/ターゲットの幾何学的配置について述べられていない。

係り受けの違いなのですが、並べられているのは以下ではないかと考えています。

・ターゲット
・ターゲットがスパッタリングされて基板上に堆積することによって形成された薄膜

ターゲット材料の分子(反応物)、そしてターゲットからスパッタリングされて基板に堆積した分子(生成物)です。これらの間の化学量論を保つといっているのではないかと考えます。

any

The substrate may optionally not exceed its temperature corrected yield strength at any point as it passes between the upstream and downstream rollers or drums.

公開訳:基体は、上流および下流のローラーまたはドラムの間を通過するとき、任意の点でその温度補正された降伏強さを超えてはならない。

自分訳:基板は、場合により、上流側および下流側のローラーまたはドラムの間を通過する際に、どの時点でもその温度補正された降伏強度を超え得ない。

私の訳の「超え得ない」は堅い表現であったと思いますが、ここでは一旦おいておくとします。

気になるのは”any”です。

“any”の訳は悩むことも多々ありますが、この一文の場合は「どの時点であっても」という意味ではないかと考えます。

buckles, jams

This can lead to buckles, jams, and uneven deposition onto the substrate.

公開訳:これは、バックル、ジャム、および基板上への不均一な堆積をもたらす可能性がある。

自分訳:これにより、ねじれ、詰まり、および基板上への不均一な堆積につながる場合がある。

基板がポリマーである場合、分解点を超える熱によって基板が変形することがあり、その結果、ロールツーロール工程で”buckles, jams, and uneven deposition onto the substrate”が生じますよ、という一文です。

私自身、bucklesとjamsの訳は悩みましたし、正直なところ、上記の訳でよいのか自信がありません。

ただ、そのまま「バックル、ジャム」とするのは少々違和感があります。

結晶面

The crystals are optionally aligned with the (101) and (110) planes substantially parallel to the substrate.

公開訳:結晶は、任意に、基板に実質的に平行な(101)および(110)面に整列される

自分訳:結晶は、場合により(101)面および(110)面が実質的に基板と平行になるように整列されている。

おそらく、公開訳と自分訳では、以下のように内容を理解するための文の切れ目が違うのだろうと思います。

公開訳:The crystals are optionally aligned with/the (101) and (110) planes/substantially parallel to the substrate.

自分訳:The crystals are optionally aligned/with the (101) and (110) planes substantially parallel to the substrate.

私は、この一文のwithを付帯状況のwithであると解釈しました。

つまり、「Aが●●した状態で」、とか「Aが●●して」ということです。

公開訳では、「結晶が、(101)および(110)面整列される」と解釈しています。

しかし、(101)面や(110)面というのは、ミラー指数によって決められた結晶の面であって(以下の図のように)、そこに結晶が整列するものではないと理解しています。

ミラー指数と結晶面については、いつか別の記事でまとめたいと考えています。

system

The working distance between the target and the substrate may be within +/- 50% of the theoretical mean free path of the system.

公開訳:ターゲットと基板との間の作動距離は、システムの理論的平均自由行程の+/50%以内であってもよい。

自分訳:ターゲットと基板との間の作動距離は、の理論上の平均自由行程の+/-50%以内であり得る。

別の場所に以下のような文があります。

In this example, the working pressure of the system is 0.0050 mBar.The theoretical mean free path of the system is approximately 10 cm.

この文に登場する2つのsystemは、うっかりするとどちらも「システム」としてしまいそうです。

しかし、作動圧力はスパッタリング装置自体の設定なので「システム」に関するものであり、作動距離はターゲットと基板つまり「系」に関するものではないかと考えます。

この理解が正しいのであれば、「システムの理論的平均自由行程」ではなく、「系の理論上の平均自由行程」ではないかと思いますが、どうでしょうか。

available

When the working distance is from 8.0 to 9.0 cm, the range of crystallite sizes available may be narrower, for example, if a working pressure of from 0.0010 mBar to 0.0065 mBar is used.

公開訳:作動距離が8.0~9.0cmの場合、例えば、0.0010mBar~0.0065mBarの作動圧力が使用される場合、利用可能な結晶子サイズの範囲はより狭くてもよい。

自分訳:作動距離が8.0~9.0cmである場合、例えば、作動圧力を0.0010mBar~0.0065mBarとすると、得られる結晶子サイズ範囲がより狭くなり得る。

作動距離と作動圧力が、基板上に堆積して形成された結晶子サイズにどう影響するのかという話です。

「利用可能な」とすると、「堆積のために結晶を使用する」と受け取ることもできますが、あくまで結晶は堆積後の生成物であると考えます。

係り受け

The substrate, optionally a polymer substrate, may be provided with embedded particles and of all of the embedded particles within or on the polymer material, the majority of those that contribute to surface roughness of the substrate have a median size from 10% to 125% of Xs.

公開訳:基板は、任意に、ポリマー基板であって、埋め込まれた粒子、およびポリマー材料の内部または上に埋め込まれた粒子のすべてを備えることができ、基板の表面粗さに寄与するものの大部分は、Xsの10%から125%までのメジアンサイズを有する。

自分訳:基板(場合によりポリマー基板)は、埋め込み粒子を備えていてもよく、ポリマー材料内またはその上に存在するすべての埋め込み粒子のうち、基板の表面粗さに寄与する粒子の大半のメジアン径は、Xsの10%~125%である。

公開訳では、基板が、”embedded particles and of all of the embedded particles within or on the polymer material”を含むと解釈しています。

しかしこの一文は、”of all of the embedded particles within or on the polymer material(ポリマー材料内またはその上に存在するすべての埋め込み粒子のうち)”、”the majority of those that(~するものの大半が)”、”have a median size(~のサイズを有する)”ということではないでしょうか。

their (110) planes

This indicates that the number of crystals with their (110) planes parallel to the substrate is higher than the number of crystals with their (101) planes parallel to the substrate for Sample 2.

公開訳:このことは、それらの(110)面が基板に平行な結晶の数が、試料2についてのそれらの(101)面が基板に平行な結晶の数よりも多いことを示している。

自分訳:これは、サンプル2について、基板と平行な(110)面を有する結晶数が、基板と平行な(101)面を有する結晶数よりも多いことを示す。

theirはcrystalsを指していますが、原文通りに訳してしまうと「それらの」が何を指すのか分かりにくいと感じます。

少し前の対訳学習で、私も同じことをやっていました。

バイオマス関連の対訳学習2件終了バイオマス関連の対訳学習 バイオマス関連の2つの明細書を使った対訳学習が終了しました。 1つはバイオマスの保存、もう1つはバイオ...

sections

Figure 3c is a cross-sectional view that includes sections of the first target 304, the second targets 303 and the substrate 328 on the drum 334.

公開訳:図3cは、第1ターゲット304、第2ターゲット303、およびドラム334上の基板328の部分を含む断面図である。

自分訳:図3cは、第1ターゲット304、第2ターゲット303およびドラム334上の基板328の断面を含む断面図である。

sectionは様々な意味を持つので少し悩んだのですが、「部分」や「区分」よりは「断面」が好ましいと考えました。

まとめ

この記事では、自分の訳のミスや改善点、そして公開訳に対する気づきについてまとめました。

他にも掘り下げたいことがあるので、別の記事に書きます。

今回の明細書はあくまで題材であり、今後ほかの明細書を読むときに活かせることをまとめようと思います。

それから、今日のビデオセミナーで取り上げていただき、ありがとうございました!今回のビデオセミナーは、特に励まされる内容でした。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です