化学・物理

固体電池関連の明細書を自力翻訳(疑問点)

前回と前々回のブログ記事を早速ビデオセミナーで取り上げていただき、ありがとうございました!

今回も以下の明細書について書きます。この明細書の内容に踏み込んだ記事は、今回で最後とします。

【公表番号】特表2023-512743(P2023-512743A)
【公表日】令和5年3月29日(2023.3.29)
【発明の名称】A METHOD OF MANUFACTURING SOLID STATE BATTERY CATHODES FOR USE IN BATTERIES

訳出時に疑問に思ったことや、悩んだことについてまとめます。

疑問点・悩んだ訳

elemental

Optionally, the targets comprising regions of second elemental metal or oxide thereof and the targets comprising regions of first elemental metal or oxide thereof are arranged such that ions of the first and second metals are sputtered at substantially the same rate.

公開訳:任意に、第2の元素金属または酸化物の領域を含むターゲット、および第1の元素金属またはその酸化物の領域を含むターゲットは、第1および第2の金属のイオンが実質的に同じ速度でスパッタされるように配置される。

自分訳:場合により、第2の金属単体またはその酸化物の領域を含むターゲット、および第1の金属単体またはその酸化物の領域を含むターゲットは、第1および第2の金属のイオンが実質的に同じ速度でスパッタされるように配置される。

There is provided a first target 304 consisting of elemental lithium and a plurality of targets 303 consisting of elemental cobalt (referred to now as the second targets).

公開訳:元素リチウムからなる第1のターゲット304と、元素コバルトからなる複数のターゲット303(ここでは第2のターゲットと呼ぶ)とが設けられている。

自分訳:単体リチウムからなる第1ターゲット304と、単体コバルトからなる複数のターゲット303(ここでは第2のターゲットと称する)とが設けられている。

上にあげた文の”elemental”の訳は、「元素」とするか「単体」とするかに悩んで「単体」としました。

元素の種類としてのリチウムやコバルトに重点が置かれているのではなく、単一の元素からなる物質であるということに重点が置かれていると考えたためです。

また、「単体(としての)リチウム」という意味で「単体リチウム」にしたのですが、

「リチウム単体」とすべきだったか?あるいは統一されていればよいのか?…と悩むことに時間を費やしてしまいました。

意訳しすぎか

As shown in Figure 3d, elemental lithium material has a lower sputter yield than cobalt as measured in atoms yielded per ion received at the surface at a given energy (less than half at lOkeV).

公開訳:図3dに示すように、元素リチウム材料は、所与のエネルギー(10keVで半分以下)で表面で受け取ったイオンあたりに降伏した原子で測定した場合、コバルトより低いスパッタ収率を有する。

自分訳:図3dに示すように、単体リチウム材料は、所与のエネルギーで表面に衝突したイオン1個につき弾き飛ばされた原子で測定した場合、コバルトよりもスパッタ収率が低い(10keVで半分未満)。

確かにメカニズムとしては、プラズマのArイオンがターゲットに「衝突」してターゲット材料の原子が「弾き飛ばされる」のですが、この原文に対して上記の訳文はやや意訳しすぎでしょうか。

「表面で受けたイオンあたりに生じた原子」などとすれば、原文の伝えたいことを十分に表現できたかもしれません。

load

This saves both time and energy compared to systems in which the chamber needs to be taken to back up to atmospheric pressure from vacuum after deposition, in order to load a new substrate.

公開訳:これは、新しい基板をロードするために、堆積後にチャンバを真空から大気圧までバックアップする必要があるシステムと比較して、時間とエネルギーの両方を節約する。

自分訳:これにより、堆積後に新しい基板を設置するために、チャンバを真空状態から大気圧に戻す必要があるシステムと比較して、時間とエネルギーの両方を節約できる。

“load”をどう訳すかで悩んだのは、今回の明細書が初めてではありません(前回はバイオリアクターへの原料の「投入量」としました)。

今回は、「装填する」「入れる」など考えた末に「設置する」としましたが、むしろ公開訳のようにそのまま「ロードする」とした方がよかったのか…?

through

This is important as roll-to-roll processing machines require the substrate to be in tension as the substrate is fed through various rolls, rollers and drums.

公開訳:これは、ロール・ツー・ロール処理機械が、基板が種々のロール、ローラ、およびドラムを通って供給されるときに、基板が張力状態にあることを必要とするので、重要である。

自分訳:ロールツーロール処理装置では、基板が種々のロール、ローラーおよびドラムによって供給される際に、基板が引張状態にあることを必要とするため、これは重要である。

次に、上の一文の”through”です。

公開訳のように「通って」とすると、基板がローラーの中を貫通するように通っているようにも受け取れます。

基板はあくまでローラー上に保持されているだけなので、「通って」とすることに抵抗がありました。

基板が物理的に「通って」いるというよりは、「ローラーという供給手段を通して」という意味だととらえ「ローラーによって」としました。

rate

Generally, the structure and form of the oxide produced may be adjusted, by providing the reactive oxygen gas at a higher or lower flow rate.

公開訳:一般に、生成される酸化物の構造および形態は、反応性酸素ガスをより高いまたはより低い流速で提供することによって調整されてもよい。

自分訳:一般に、生成される酸化物の構造および形状は、反応性酸素ガスをより高流量またはより低流量で供給することによって調整され得る。

ターゲット材料とは別に酸素を導入することによって、基板上に酸化物を堆積させるという一文です。

“flow rate”を「流速」か「流量」とするかについて少し悩みました。

「流速」は、気体や流体が単位時間あたりに流れる距離、つまり速さを指します。流速には、流体が通過する断面の面積や流量が影響します。

対して「流量」は、ある断面を単位時間に通過する物体の体積です(体積流量の場合)。以下で求められます。

流量(m3/s) = 断面積(m2) × 流速(m/s)

速さに着目するか量に着目すればよいとシンプルに考えれば悩むこともなかったのかもしれませんが、この一文では、酸化物の構造に影響するのはガスの速さではなく量であると考えています。

今回の明細書だけではなく、以前自力翻訳した明細書でも悩んだことがあったので取り上げました。

part

During the deposition part of the method, the crystals may optionally grow substantially epitaxially from the surface of the substrate.

公開訳:本方法の堆積部分の間、結晶は、任意に、基板の表面から実質的にエピタキシャルに成長してもよい。

自分訳:本方法の堆積工程中、結晶は、場合により基板表面から実質的にエピタキシャル成長し得る。

“part of the method”の”part”についてです。

method(方法)のpart(部分)ということで、「工程」や「ステップ」という意味であると考えて「工程」と訳出したのですが、公開訳のように「部分」とした方がよかったのか…。

between collisions

A definition of the mean free path is the average distance between collisions for an ion in the plasma.

公開訳:平均自由行程の定義は、プラズマ中のイオンに対する衝突間の平均距離である。

自分訳:平均自由行程の定義は、プラズマ中のイオンが衝突までに移動する平均距離である。

「衝突間の平均距離」、「衝突と衝突の間の平均距離」とすると直訳的すぎると考え、「衝突までに移動する」と訳出しました。

しかし振り返ってみていると、やや意訳しすぎだったか?とも感じます。

では、以下はどうでしょうか。

「衝突してから再度衝突するまでの平均距離」
「衝突間に移動する平均距離」

考えているうちに、「衝突間の平均距離」でもいいのでは?と思えてきました(^^;)

thoughかthroughか

It facilitates a high material throughput and allows a large cathode area to be deposited on one large substrate, though a series of depositions at a first portion of the substrate, followed by a second portion of the substrate, and so on.

公開訳:それは、高い材料スループットを容易にし、基板の第1の部分、続いて基板の第2の部分等における一連の堆積ではあるが、大きなカソード面積を1つの大きな基板上に堆積させることを可能にする。

自分訳:この配置によって処理量を高くすることが容易になり、かつ基板の第1部分とそれに続く基板の第2部分などにおける一連の堆積によって、1つの大きい基板上に大きい面積の正極を堆積させることが可能になる。

文の流れとして、原文通りに”though”を訳そうとすると不自然になりました。”though”ではなく”through”ではないかと考えています。

work on

However, the method of the present example has been shown to work on a wide range of ABO2 materials.

公開訳:しかしながら、本実施例の手法は、広範囲のABO2素材に作用することが示されている。

自分訳:しかし、本実施例の方法は、広範なABO2材料で実施できることが示されている。

「方法が作用する」というのは日本語として自然ではないと思うのですが、自分の訳にもいまいち自信が持てません。

ほかに、「対象とすることができる」、「扱うことができる」、「に対して効果的である」などとするか悩みました。

プラズマの閉じ込め方法

The plasma is confined and focussed by a magnetic field controlled by two pairs of electromagnets 308, each pair being positioned proximate to one of the antennae 316 and the electric field generated by the system.

公開訳:プラズマは、2対の電磁石308によって制御される磁場によって閉じ込められ、収束され、各対は、アンテナ316のうちの1つと、システムによって生成される電場とに近接して配置される。

自分訳:プラズマは、2対の電磁石308(各対は、アンテナ316の1つに近接して配置される)により制御された磁場と、系によって生成された電界によって閉じ込められ、集束される。

公開訳と自分訳で、係り受けが異なっています。

公開訳は、プラズマが「磁場によって閉じ込められて収束され」、その磁場を制御するアンテナが、「システムによって生成される電場とに近接して配置される」と解釈しています。

私は、プラズマが「磁場と、系によって生成された電界によって閉じ込められ、集束される」と解釈しています。

Chat GPTで確認してみると、プラズマが磁場と電界によって閉じ込められるという解釈は誤っていないようです。

さらに調べると、方向によって(径方向、軸方向)磁場と電場を使い分けてプラズマを閉じ込めることができるようです。

transferred to or from

Alternatively, the substrate may be supplied in discrete sheets that are handled and stored in relatively flat sheets. The substrate may be planar in shape as the material is deposited thereon. This may be the case, when the substrate is provided in the form of discrete sheets, not being transferred to or from a roll.

公開訳:あるいは、基板は、比較的平坦なシートに取り扱われ、保管される個別のシートで供給されてもよい。基板は、材料がその上に堆積されるときに、平面形状であってもよい。これは、基板がディスクリートシートの形態で提供され、ロールへまたはロールから転写されない場合に当てはまることがある。

自分訳:あるいは、基板は個別のシート状で供給され、比較的平坦なシート状で取り扱いおよび保管され得る。基板は、材料が堆積する際に平面状であり得る。これは、基板がロールに巻かれたり、ロールから搬送されたりするのではなく、個別のシート状で供給される場合に当てはまる場合がある。

ロールツーロール(Roll to Roll)工程では、可撓性の基板がロールに巻かれて提供されます。それに対し、シートツーシート(Sheet to Sheet)工程では、基板が個別のシートとして提供されるという一文です。

ロールツーロール工程では、基板が上流のロールから下流のロールへと搬送されます。

これを訳文に反映させようとして、”transferred to or from”を「ロールに巻かれたり、ロールから搬送されたり」としました。

ほかにも以下のように訳そうかと悩んでいました。

・ロールへまたはロールから搬送される
・ロールへ巻き取られたり、ロールから巻き出されたりする

公開訳の「転写する」は、訳出時に訳の候補として考えていませんでした。

電池正極を作製するための基板の提供方法に関連して、基板を移動させる方法について説明している一文だからです。

まとめ

数記事にわたって1つの明細書についてまとめました。

昨日から今日にかけて、スパッタリング、X線回析、ラマン分光法についてまとめたところで、この明細書の周辺の学習をいったん終了します。

次はX線撮影装置関連の明細書にとりかかります。その後はドラッグデリバリーシステムと、細胞免疫学関連で何か選んで読む予定です。

いつものように、「知識補充しながら明細書を数件読む→対訳学習→自力翻訳→公開訳との比較」という流れで進めます。

あわせて、途中で放置してしまっているEssential細胞生理学の続きを進めます(…が、ボリュームのある本なので全てを完璧に理解することは目標としていません)。

そこまで終えたら、トライアルを受けます。

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