免疫関連の特許を読むにあたり、ウイルスについてまとめました。
ウイルスとは

ウイルスは、感染症を引き起こす原因となる微生物(病原体)の一つである。
病原体は大きさや構造によって分類され、ウイルスのほか細菌や真菌、寄生虫がある。
細菌が1~5μm程度、ウイルスはさらに小さく10~400nm程度であり、電子顕微鏡でなければ観察することはできない。
※1μm = 1000 分の1mm
※1nm = 100万分の1mm
ウイルスは「生物」か?

生物の定義
一般に、以下の4つが「生物」の定義とされている。
- 細胞膜で囲まれた細胞からなる
- 遺伝情報を子孫に伝える仕組みを持つ
- 生命活動に必要なエネルギーとしてATPを利用する
- 体内環境を一定に保つ仕組みを持つ
ウイルスとその他の病原体を分ける特徴は、ウイルスが自力で増殖することができないということである。
ウイルスは、細胞分裂によって増殖する細菌や真菌と異なり、宿主細胞である動植物細胞を利用して子孫を増やす。
遺伝子を持つが細胞ではないウイルスについて、研究者の間では生物であるという考えと、非生物であるという考えに分かれている。
ウイルス基本構造

ウイルスの構造は種類によって異なるが、基本構造は遺伝情報である核酸(DNAまたはRNA)と、核酸を保護するタンパク質の殻(カプシド)である。
核酸とカプシドを合わせた構造物をヌクレオカプシドという。
さらに、宿主細胞由来の脂質二重膜(エンベロープ)をもつウイルスもある。
ウイルスのタンパク質
ウイルスを構成するタンパク質として以下の4つを紹介する
- ヌクレオカプシドタンパク質(N)
- エンベロープタンパク質(E)
- 膜タンパク質(M)
- スパイクタンパク質(S)
ヌクレオカプシドタンパク質(N)
遺伝情報である核酸(DNAまたはRNA)と、核酸を保護するタンパク質の殻(カプシド)を合わせた構造をヌクレオカプシドという。
ヌクレオカプシドタンパク質(N)は、ヌクレオカプシドの形成を促進するタンパク質である。
エンベロープタンパク質(E)
エンベロープを構成するタンパク質。
エンベロープは、ウイルスが宿主細胞内から飛び出したときに、細胞の成分をまとって出てきたものであるため、宿主由来の脂質二重膜である。
エンベロープを持つウイルスは、アルコールや石鹸など、脂質を溶解する消毒剤に対する感受性が高い。
膜タンパク質(M)
エンベロープに含まれるタンパク質。
エンベロープの形状と安定性を維持し、ウイルス粒子の組み立てにおける「足場」の役割をもつ。
スパイクタンパク質(S)
スパイクタンパク質(S)は、ウイルス粒子の最も外側の構造体であり、コロナウイルスが持つ「トゲトゲ」の部分にあたる。
感染するときに真っ先に相手に触れる部分で、ヒトの細胞表面の受容体ACE2に結合して、ウイルス外膜と膜融合する。
ヒトの免疫系が抗体を作るときに、このタンパク質の形に合わせた抗体を作ることから、コロナウイルスワクチン製造における標的となる部分である。
ウイルスの分類
ここでは、遺伝情報をDNAとして持つか、RNAとして持つか+1本鎖または2本鎖による分類をまとめる。
- 2本鎖DNAウイルス
- 1本鎖DNAウイルス
- 2本鎖RNAウイルス
- 1本鎖RNAウイルス(プラス鎖)
- 1本鎖RNAウイルス(マイナス鎖)
- 1本鎖RNAウイルス(逆転写)
- 2本鎖DNAウイルス(逆転写)
2本鎖DNAウイルス

2本鎖DNAウイルスは、宿主細胞のRNAポリメラーゼを使ってmRNAを作り、ウイルスタンパク質を産生する。
例:アデノウイルス、パピローマウイルス、ヘルペスウイルス、天然痘ウイルス、EBウイルス、ヒトパピローマウイルス
アデノウイルス(Adenovirus)
画像引用元:Wikipedia(①スパイクタンパク質、②カプシド、③DNA)
アデノウイルスは、2本鎖DNAの非エンベロープタイプのウイルスであり、小児の風邪や結膜炎の原因ウイルスとして知られている。
5型(Ad5)や2型(Ad2)のアデノウイルスは、遺伝子治療用のベクターとして用いられる。
アデノウイルスベクターについては以下の記事にまとめている。

サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)
画像引用元:Wikipedia
ヘルペスウイルス科の大型エンベロープ型ウイルスである。
ヒトに感染するのはヒトサイトメガロウイルス(HCMV)で、学名は「ヒトヘルペスウイルス5型 (HHV-5)」 である。
血液、唾液、尿、精液、母乳などの体液を介して伝染する。
健康な人では、ほとんどが無症候性または軽度のインフルエンザのような症状を生じる。
一方、子宮内で感染した胎児において、小頭症、頭蓋内石灰化、巨細胞封入体症などの先天性の欠損を生じることがある。
また、HIV感染者など免疫無防備な状態である患者において、HCMVの日和見感染によって死亡する場合がある。
ヒトパピローマウイルス(HPV)

ヒトパピローマウイルス(HPV)は子宮頸がんの原因ウイルスとされる。
HPVのゲノムは、タンパク質であるE6とE7をコードする。
E6とE7はがん抑制遺伝子物質であるp53とpRbの不活性や細胞の不死化に関与するとされ、子宮頸がん患者の90%ではE6とE7が発現している。
1本鎖DNAウイルス
1本鎖DNAウイルスは自らのゲノムを鋳型に2本鎖DNAを作り、複製する。
例:アデノ随伴ウイルス
アデノ随伴ウイルス(Adeno-associated virus:AAV)
アデノ随伴ウイルス(AAV)は1本鎖DNAウイルスである。DNA鎖長はおよそ4.7kbであり、末端145塩基は同じDNA配列が逆向きに配置された末端逆位反復配列(ITR)をもつ。
AAVゲノムにはRepとCapの2つの遺伝子のみが存在する。

Capは3種類の構造タンパク質(VP1、VP2、VP3)を、Repは非構造タンパク質(Rep78、Rep68、Rep52、Rep40)をコードする遺伝子である。
構造タンパク質をコードするCapは、いずれもカプシド形成において必要となる遺伝子である。
非構造タンパク質をコードするRepは、カプシドの形成や宿主細胞への遺伝子組込みに必要となる遺伝子である。
AAVにはポリメラーゼをコードする遺伝子がなく、宿主細胞のDNAポリメラーゼを利用して複製を行う。
2本鎖RNAウイルス
2本鎖RNAウイルスでは、プラス鎖のRNAがmRNAとなりウイルス蛋白質を作る。自らが持つRNA依存性RNAポリメラーゼを用いて、複製を行う。
例:ロタウイルス
1本鎖RNAウイルス(プラス鎖)

1本鎖RNAウイルス(プラス鎖)は翻訳可能なRNAを持つ。つまり、ゲノム本体そのものがmRNAとして働き、ウイルス蛋白質を作り出すことができる。
宿主細胞質内で自らが持つRNA依存性RNAポリメラーゼで複製する。
プラス鎖がmRNAとしてそのまま翻訳される。また、プラス鎖を鋳型としてマイナス鎖を合成し、そのマイナス鎖を転写することによってプラス鎖を「複製」し、それを転写して翻訳することもできる。
例:コロナウイルス、エンテロウイルス、風疹ウイルス、日本脳炎ウイルス、デング熱ウイルス、C型肝炎ウイルス、ノロウイルス
1本鎖RNAウイルス(マイナス鎖)
1本鎖RNAウイルス(マイナス鎖)は、タンパクを合成できないRNAを持つため、まずゲノムRNAを鋳型にmRNAを作り、このmRNAからウイルス蛋白質を作る。
多くの場合、細胞質で複製を行う。
例:麻疹ウイルス、センダイウイルス、ムンプスウイルス、RSウイルス(呼吸器合胞体ウイルス)、狂犬病ウイルス、エボラウイルス、インフルエンザウイルス
1本鎖RNAウイルス(逆転写)
1本鎖RNAウイルス(逆転写)は本体であるプラス鎖RNAを逆転写し、2本鎖DNAを作り、宿主のゲノムに組み込む。
そしてゲノムに組み込まれたDNAからmRNAを作り、ウイルス蛋白質を産生する。
例:ヒトT細胞白血病ウイルス、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)

HIVはRNA型エンベロープウイルスで、内部にはRNAゲノムや逆転写酵素などのウイルス蛋白質を含むコア構造と、それを取り囲む球状エンベロープによって構成される。

ウイルスゲノムは、以下から構成される。
- 長い末端反復 (Long terminal repeat, LTR)
- 構造遺伝子(gag、pol、env)
- 調節遺伝子(tat、rev)
- アクセサリー遺伝子(vif、vpr、vpx、vpu、nef)
HIVウイルスは、CD4陽性T細胞(ヘルパーT細胞)をおもな標的細胞として感染する。
感染後、潜伏期間を経てAIDSが発症するとCD4陽性T細胞は減少し、日和見感染が起こる原因となる。
2本鎖DNAウイルス(逆転写)
2本鎖DNAウイルス(逆転写)は、2本鎖DNAではあるが、いったんRNAを作り、そのRNAを逆転写することでDNAを作って自らを複製していく。
例:B型肝炎ウイルス(HBV)
ウイルスベクターワクチン
ウイルスベクターワクチンは、ウイルスのタンパク質の元になる遺伝情報(つまりタンパク質の設計図)を、毒性を除いたウイルスに組み込んだものである。
詳しくは以下の記事にまとめている。

- そもそも、ウイルスってなに?
https://www.saiseikai.or.jp/feature/covid19/basic_q01/ - ウイルスって何だろう? 正しく知って感染症予防
https://kenko.sawai.co.jp/theme/202009.html - ウイルスの構造
https://www.microbio.med.saga-u.ac.jp/Lecture/kohashi-inf1/part7/virus.html - ウイルス粒子の構造と各部の機能
http://www.med.akita-u.ac.jp/~doubutu/kansensho/virus17/kouzou.html - 病原体:ウイルスと細菌と真菌(カビ)の違い
https://www.seirogan.co.jp/fun/infection-control/infection/dengerous_pathogen.html - [HIV(ヒト免疫不全ウイルス)]
https://www2.infront.kyoto-u.ac.jp/sakai2012/HIV.html - 宿主がHIV-1感染を抑制する新たなメカニズムの解明―N4BP1によるRNA分解とその調節がウイルス再活性化を調節する
https://www.amed.go.jp/news/release_20190528.html