バイオ・メディカル

細胞の不死化

今回は細胞の不死化についてまとめます。

また、関連する以下の特許明細書を取り上げます。

(11)【公開番号】特開2023-57373(P2023-57373A)
(43)【公開日】令和5年4月21日(2023.4.21)
(54)【発明の名称】不死化された伴侶動物由来角膜細胞株及びその使用

「細胞の不死化」とは

生体から採取した正常細胞は、一定数分裂すると増殖能が低下したり、本来の性質が喪失したりする。つまり、老化して寿命を迎える。

一方、がん細胞は無制限に細胞分裂を行うことができる。細胞がその寿命を制御して無制限に分裂する能力のことを「不死化能」といい、不死化した細胞を「不死化細胞」という。

細胞の老化と不死化には、「命の回数券」として知られるテロメアが関与している。

テロメア


画像引用元:Wikipedia

テロメアは、真核細胞の染色体の末端に存在し、DNAとタンパク質からなる構造体である。テロメアは「TTAGGG」の6塩基対の繰り返しの塩基配列をもつ。

細胞分裂のたびに短くなる

テロメアは細胞分裂のたびに約50塩基ずつ短くなり、一定の長さにまで短くなると細胞分裂を停止する。これが細胞の老化である。老化細胞にはアポトーシス(細胞死)が引き起こされる。

テロメアの伸長に関与する酵素を「テロメラーゼ」という。

テロメラーゼ

テロメラーゼは、テロメアを伸長させる酵素である。テロメラーゼの活性によって、細胞は無制限に増殖することが可能となる。つまり、不死化細胞となる。

全ての細胞はテロメラーゼ遺伝子を持つが、分化したあとで発現が停止する。そのためヒトの正常な体細胞では、テロメラーゼは発現しないか活性が弱い。

正常な細胞では、細胞分裂を繰り返すたびにテロメアが短くなる。いずれ細胞分裂を停止(老化)し、アポトーシスが引き起こされる。

一方、がん細胞では体細胞が変異してテロメラーゼが再発現し、無制限に分裂を繰り返す。

不死化細胞の必要性

医療におけるヒトの研究では、倫理的な理由からヒトを実験に用いることができないため、組織から細胞を分離・増殖させて細胞レベルでの実験を行う。

しかし、生体から採取した細胞は無限増殖せず、寿命を迎える。そのため、細胞に新たに組織から細胞を採取し、培養を行う必要がある。

研究や薬物の安全性試験、毒性評価などを安定に行うために、永久的に増殖することができ、かつ生体組織の特徴を維持した不死化細胞が求められる。

不死化細胞を構築する方法

遺伝子導入による不死化

細胞を不死化する方法として、以下のような不死化遺伝子を導入することで不死化を誘発する方法が挙げられる。

  • SV40 large T抗原遺伝子
  • テロメラーゼ逆転写酵素遺伝子

①SV40 large T抗原遺伝子

SV40 large T抗原とは

SV(simian virus)40 large T抗原遺伝子は、細胞を不死化する方法として簡便かつ確実とされている遺伝子である。

SV40は霊長類の細胞に感染して細胞内にDNAを放出するウイルスであり、1960年にポリオワクチンの汚染ウイルスとして発見された。ポリオワクチン製造用のアカゲザルの腎臓細胞がSV40に感染しており、ワクチンに混入したと考えられる。

SV40 large T抗原は、SV40ウイルスが感染した細胞内で発現するタンパク質である。

SV40 large T抗原と温度

SV40 T抗原には活動するための許容温度と非許容温度がある。

例えば、許容温度である33℃では正常に機能し、癌抑制遺伝子であるp53やpRbと結合して働きを制御する。癌抑制遺伝子が制御されると細胞は制御なく増殖する、いわゆる「癌化した」状態となる。

一方、非許容温度である39℃ではSV40 large T抗原が変性・分解されるため、癌抑制遺伝子p53やpRbを不活性化できない。癌抑制遺伝子が正常に働くため細胞は増殖が抑制され、分化が誘導される。

したがって、初代培養細胞にSV40 T抗原遺伝子を導入して許容温度に保つことによって、細胞は無制限に増殖を繰り返すようになる。

②テロメラーゼ逆転写酵素遺伝子

テロメラーゼ逆転写酵素とは


画像引用元:Wikipedia

テロメラーゼ逆転写酵素(Telomerase Reverse Transcriptase、TERT)は、テロメラーゼの主要な構成要素である。ヒトの場合はhTERT(Human Telomerase Reverse Transcriptase)である。

初代培養細胞にTERT遺伝子を導入すると、その細胞内でTERTが発現するようになる。TERTによってテロメアのTTAGGG配列の付加が触媒される。

その結果、テロメラーゼが活性化してテロメアが伸長し、細胞は「ヘイフリックの限界」を超えて不死化する。

ヘイフリックの限界

細胞の分裂回数の限界を「ヘイフリックの限界」という。細胞が構成する組織、生物の種類によってヘイフリックの限界は異なる。

遺伝子導入による不死化細胞の課題

遺伝子導入による細胞の不死化には、「分化能が低い」「表現型が異なる場合がある」などの課題がある。

分化能が低い

SV40 large T抗原遺伝子やTERTを導入し不死化させた細胞は、高い増殖能を示す。

一方で、増殖能力が高くなることにより特定の細胞への分化能力が失われるため分化能が低いとされる。

表現型が異なる

「表現型が異なる」とは、細胞の形状、細胞の機能、特定の遺伝子の発現パターンなどが元の細胞と異なることをいう。

理想的な不死化細胞は、元の細胞と同一あるいは類似の表現型をもつことが望ましい。しかし、元の細胞とは異なる表現型を示す場合がある。

不死化細胞に関連する特許

不死化細胞に関連する特許として、以下の特許明細書を取り上げる。

【公開番号】特開2023-57373(P2023-57373A)
【公開日】令和5年4月21日(2023.4.21)
【発明の名称】不死化された伴侶動物由来角膜細胞株及びその使用

この特許は、伴侶動物由来の角膜細胞を不死化させる方法に関するものである。

伴侶動物と角膜細胞株

伴侶動物」とは、人間と共に暮らし親密な関係にある動物のことであり、「コンパニオンアニマル」とも呼ばれる。例としては、イヌ、ネコ、ウサギなどが挙げられる。「角膜細胞株」とは角膜上皮細胞、角膜内皮細胞などが挙げられる。

本特許の背景における課題

イヌ等の伴侶動物の細胞に対する不死化細胞技術は発展途上であり、ヒト
同様の細胞実験を行う際の障壁となっている。特に、眼の角膜内皮細胞は、生体から採取
した際に増殖能に乏しく、実験を行うための細胞数を集めるには多くの新鮮な生体組織が
必要である。例えば、イヌの場合であれば、イヌの眼球が複数個必要となり、そのために
はイヌから眼球を得る必要がある。しかしながら、倫理的観点から、細胞を用いた実験を
行うことができない。

伴侶動物における医療では、以下のような問題がある。

伴侶動物における医療の問題

①実験が困難

ヒトと共に暮らすイヌなどの伴侶動物には、人間と同様に高度な医療が求められるようになった。

しかし、倫理的問題により伴侶動物を実験に用いることが困難になったことから、獣医学研究の遅れにつながっている。

②角膜内皮細胞の増殖能が低い

特に、イヌなどの伴侶動物の角膜内皮細胞は増殖能が低く、一度傷つくと再生ができない。

そのため、実験を行うためには生体から複数の眼球を用いる必要がある。しかし倫理的問題によって生体から眼球を得ることは困難である。

また、ヒトの場合はアイバンクが存在するため角膜を購入できるが、伴侶動物のアイバンクは存在しない。

③不死化細胞の技術が発展途上

ヒトの場合、不死化細胞を用いて細胞レベルの研究を行うことが可能である。

一方、伴侶動物における不死化細胞の技術は発展途上にあるため、細胞レベルでの実験を行う際の障壁となっている。

課題を解決するための発明

本発明は、不死化された伴侶動物由来角膜細胞株を提供する。本
実施形態の伴侶動物由来角膜細胞株は、生体における細胞の特徴がよく維持されており、
生体における角膜細胞のモデルとして、研究、薬物スクリーニング、毒性評価等に使用す
ることができる。また、培養して増殖させることができるため、使用しても倫理的問題点
が少ない。

今回発明された「不死化された伴侶動物由来角膜細胞株」によって、生体を用いた実験を行うことが困難な伴侶動物における細胞レベルでの実験が可能になる。

不死化したイヌ角膜内皮細胞株の樹立

不死化の方法

不死化の方法は特に限定されないが、不死化遺伝子を導入して不死化させることが好ましい。不死化遺伝子としては、SV40 large T抗原やヒトテロメア逆転写酵素(hTERT)遺伝子が挙げられる。

今回は、SV40 large T抗原のレトロウイルスベクターを導入して不死化を行った。

その結果、99クローンの不死化細胞株が得られ、4クローンのイヌ角膜内皮細胞株が樹立された。その後、最も生体における角膜内皮細胞の特徴を反映している1クローンを選別した。

「細胞株の樹立」とは

生体から直接採取された細胞を初代細胞という。そして、初代細胞の形質を維持したまま分裂を繰り返す細胞を「細胞株」や「株化細胞」という。

細胞株の樹立とは、細胞株が確立されたことをいう。

特徴

不死化された伴侶動物由来角膜細胞株は、生体における細胞の特徴を反映している。具体的には、以下のような特徴をもつ。

敷石状の形状


※図は本特許の【図2】より引用 左(a):継代回数1回、中(b):継代回数3回、右(c):継代回数5回

イヌの角膜内皮細胞は、継代回数が少ない段階では「敷石状」の形状をしている。しかし、継代回数が増えるごとに細胞の形態が大型化して敷石状ではなくなる。


※図は本特許の【図3】より引用 左(a):継代回数20回、右(b):aの四角の領域を拡大

一方、今回の不死化された角膜上皮細胞では、継代回数20回でも敷石状の形状を維持している。

角膜細胞マーカー

不死化された角膜上皮細胞では、角膜細胞マーカーである、ZO-1タンパク質とNa+ /K+−ATPaseタンパク質を発現した。

これらのタンパク質の発現は、細胞の「タイトジャンクション」と「ポンプ機能」が維持されていることを示すものである。

ZO-1とタイトジャンクション

ZO-1は、タイトジャンクションを構成するタンパク質である。

タイトジャンクションとは、隣り合う細胞間の結合であり、細胞のすき間における物質の透過を制限する役割を持つ。したがってZO-1は角膜のバリア機能を担うタンパク質といえる。

タイトジャンクションが維持されているかどうかは、電気抵抗測定や低分子物質の透過測定によって確認できる。

Na+ /K+−ATPaseタンパク質とポンプ機能

Na+ /K+−ATPaseは、角膜内皮細胞のポンプ機能を担うタンパク質である。ポンプ機能は角膜の水分を排泄することによって、角膜内の水分を一定に保つ役割をもつ。

具体的には、ATPエネルギーを用いて細胞内のNa+を外にくみ出し、K+を細胞内に取り入れるポンプである。ポンプにより、細胞外にNa+が多く、細胞内にK+が多い環境となる。その結果生じた電気的勾配や濃度勾配は、様々な仕事を行うために使われる。

まとめ

生体における細胞の特徴が維持された、不死化した伴侶動物由来の角膜上皮細胞を用いることで、生体実験が困難な伴侶動物を細胞レベルで研究することができる。

この発明は、伴侶動物における高度医療の進展に貢献するものである。

参照

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