今回は、ユーグレナから効率的にバイオ燃料を製造するための方法に関する
以下の特許明細書を取り上げます。
【国際公開番号】WO2020/162502
【国際公開日】令和2年8月13日(2020.8.13)
【発行日】令和3年12月9日(2021.12.9)
【発明の名称】ユーグレナによるバイオ燃料の製造方法
ユーグレナを使用したバイオジェット燃料
現在、石油系燃料の代替燃料としてバイオディーゼル燃料やバイオエタノールといったバイオマス燃料が注目されている。
しかし、これらの代替燃料には以下の課題があった。
- 原料となる穀物が食糧でもあるため、燃料としての利用が躊躇される
- エネルギーが小さいため、自動車には使用できるがジェット燃料としては利用できない
上記を解決するバイオジェット燃料として注目されているのが、微生物のユーグレナである。
ユーグレナ
画像引用元:Wikipedia
ユーグレナは和名をミドリムシといい、植物である藻類に分類される微生物でありながら、細胞を動かして水中を移動する動物的な特徴も合わせ持つ。
ユーグレナは植物であるため葉緑体を持ち、光合成を行う。光合成とは、光を利用して二酸化炭素と水から有機物と酸素を生成する反応である。
二酸化炭素を使って有機物を合成することで、生きるために必要なエネルギーを作り出している。
葉緑体における光合成については以下の記事にまとめている。
光合成の過程で、ユーグレナは体内にワックスエステルという油脂を蓄積する。このワックスエステルを燃焼することで、ジェット燃料に近い熱量を得ることができる。
好気条件と嫌気条件下のユーグレナ
酸素が十分にある環境(好気条件)と酸素がない環境(嫌気条件)におけるユーグレナの活動は以下の通りである。
好気条件
ユーグレナは、好気条件では体内に多糖パラミロンを蓄積する。パラミロンは、ユーグレナが細胞内の貯蔵物質として生成する糖分である。
そして、糖を二酸化炭素と水に分解してATPを得る。これを好気呼吸という。
嫌気条件
酸素がない環境では、ユーグレナは無酸素呼吸を行う。体内の糖分をワックスエステルに変換することでエネルギーを得ているのである。
多糖パラミロンを分解してエネルギーであるATPを産生し、その代謝物としてワックスエステルを産生する。これをワックス発酵という。
ユーグレナを利用するメリット
バイオジェット燃料の原料としてユーグレナを利用することには以下のようなメリットがある
- 過酷な環境でも培養が可能
- 穀物のように食糧と競合しない
- 細胞壁を持たないため、産生したワックスエステルを回収しやすい
ユーグレナは生命力が強く、重金属や放射線の存在下、酸性・アルカリ性環境のような過酷な環境においても培養することが可能であり、扱いやすいという利点がある。
また、消化しにくい細胞壁を持たないことから、細胞内で産生したワックスエステルを回収しやすい。
ワックスエステルの性質
ユーグレナによって産生されるワックスエステルは、その主成分がミリスチン酸ミリスチルである。
ミリスチン酸ミリスチルは、ミリスチン酸のカルボキシ基(-COOH)と、ミリスチルアルコールのヒドロキシ基(-OH)が脱水縮合したエステルである。
他の藻類微生物が細胞内に蓄積する油は、多価不飽和脂肪酸を多く含むトリアシルグリセロールであり、酸化・劣化しやすい。
一方、ユーグレナが産生するミリスチン酸ミリスチルを主成分とするワックスエステルは、不飽和脂肪酸を含まないため酸化・劣化に強いとされる。
ユーグレナにおける課題
ユーグレナを利用したバイオジェット燃料は、石油燃料の代替燃料として期待されているが、生産の過程において以下のような課題があった。
- 多糖パラミンの蓄積や培養のために光合成を利用しており、天候に左右される
- ユーグレナの体内に蓄積した多糖パラミロンから、1/3程度のワックスエステルしか回収できない
つまり、天候や日照時間に左右されずに太陽光を十分に得るための対策と、ワックスエステルの収率を向上させるための工夫が求められていた。
本特許は上記の課題を解決する発明である。
ユーグレナを利用したバイオ燃料の製造方法
本発明では、以下の工程でバイオ燃料を製造する。
工程1:好気雰囲気でユーグレナに糖を与えて培養する
工程2:酸性環境で、ユーグレナに脂肪酸(炭素数2以上8以下)を与える
工程3:ユーグレナを放置する
工程4:ユーグレナからワックスエステルを回収する
糖を与える工程
この工程は、ユーグレナに糖を与えて栄養過多状態にするための工程である。
ユーグレナに糖を与えると、太陽光がなくとも体内にパラミロンを蓄積することができる。
太陽光が必要ないため、天候や日照時間に左右されずにユーグレナの培養を行うことができ、密閉タンクでの培養も可能となる。
脂肪酸を与える工程
この工程は、体内に蓄積したパラミロンをすべてワックスエステルに変換させるための工程である。
ユーグレナは嫌気雰囲気でもワックスエステルを産生するが、その場合でも体内のパラミロンを使い切ることがない。つまり、一部のワックスエステルしか回収することができない。
そこで、ユーグレナに脂肪酸を与える工程を加える。炭素数2以上8以下の脂肪酸は、ATP合成を阻害する。つまり、呼吸サイクルを強制的に停止させる。
脂肪酸を与えられたユーグレナは好気呼吸ができずワックス発酵を行い、体内に蓄積したパラミロンを全てワックスエステルに変換してエネルギーを得るようになる。
脂肪酸は炭素数が2以上8以下のものが好ましく、炭素数3のプロピオン酸が特に好ましい。
結果
※画像は本特許明細書の【図2】より引用
【図2】の(a)は、各条件にて処理後のユーグレナ中のパラミロン量を示している。(b)は各条件にて処理後のユーグレナ中の脂質(ワックスエステル)量を示している。
嫌気雰囲気下で4mMのプロピオン酸で処理した場合、パラミロン量が最も少なくワックスエステル量が最も多いことが分かった。
つまり、体内のパラミロンがほとんど全てワックスエステルに変換したということであり、ワックスエステルの回収率を向上させることにつながる結果となった。
まとめ
本発明のバイオ燃料製造方法であれば、ユーグレナから効率的にワックスエステルを回収することができる。