バイオ・メディカル

酵素を利用したバイオ燃料電池

この記事では、酵素を利用したバイオ燃料電池についてまとめます。また、関連する以下の特許明細書を取り上げています。

【公開番号】特開2022-176735(P2022-176735A)
【公開日】令和4年11月30日(2022.11.30)
【発明の名称】酵素電極を用いるバイオ燃料電池

「燃料電池」については以下の記事にまとめています。

燃料電池の特徴と原理、その応用燃料電池とは 燃料電池の特徴 燃料電池は、一次電池や二次電池(詳しくは別の記事にまとめる)と同じく、化学反応によって電気エネルギーを...

バイオ燃料電池とは

燃料電池では触媒に白金を用いたものが知られているが、高価であるがゆえにその実用化に制限がある。

一方、白金のような無機触媒ではなく生体触媒を用いたのがバイオ燃料電池である。バイオ燃料電池には、微生物を利用するものと、酵素を利用するものがある。

今回は酵素を利用するバイオ燃料電池についてまとめる。

酵素バイオ燃料電池

酵素を触媒として利用するバイオ燃料電池は、「酵素バイオ燃料電池」、「酵素燃料電池」、「酵素バイオ電池」、「酵素電池」など様々な名前で呼ばれている。

酵素バイオ燃料電池は、燃料となる有機物を酵素と反応させることにより電気エネルギーを取り出すデバイスである。

燃料になるもの

酵素を触媒として利用するため、その基質となる化合物であれば燃料となり得る。例として、糖類やアルコールなどの有機物が挙げられる。

・糖類:グルコース、フルクトース、
・アルコール:エタノール、グリセロール

酵素バイオ燃料電池の用途

酵素を利用したバイオ燃料電池は、医療機器を含む様々なデバイスへの応用が期待される。

・モバイル機器:スマートフォン、ノートパソコン、卓上電卓
・医療機器:補助具、体内埋め込み型機器
・ロボット
・ドローン

ペースメーカーのような埋め込み型電子デバイスでは、血中グルコースを燃料として生体内で自己発電が可能であるため、化学電池よりも安全な埋め込み型医療機器となり得る。

しかし、化学電池のように長時間安定的に発電を維持することが困難であるために、限られた分野での利用となっている。

一方で、酵素バイオ燃料電池には様々なメリットがある。

酵素バイオ燃料電池のメリット

・常温・常圧の条件下で効率的にエネルギーを取り出すことができる
・生体に無害な燃料を利用しているため、生体親和性が高い
・水素燃料電池の触媒(白金)のように高価な無機触媒が不要で低コスト
・酵素の基質となり得るものはすべて燃料として利用できる
・環境への負荷が少ない
・酵素が特異的に反応を触媒するため燃料を減らしデバイスを軽量化することができる

酵素バイオ燃料電池の原理

生体のエネルギー変換と原理は同じ

酵素を利用したバイオ燃料電池の原理は、生体のエネルギー変換から着想を得たものである。

人間は口から取り入れた食べ物を様々な消化酵素で分解し、生命活動に必要なエネルギーを取り出している。

例えば、生体ではグルコースを解糖系のクエン酸回路で酸化する。

その酸化反応を触媒する酵素の活性中心(触媒反応が起こる部位)に結合した補酵素が還元型へと変換される。還元型の補酵素が酸化型へ戻る際に放出される電子の流れを利用して、エネルギーであるATPが生成される。

酵素バイオ燃料電池は、このエネルギー変換と同じ原理でエネルギーを取り出すデバイスである。

酸化還元反応がすべて


生体と同じく、酵素バイオ燃料電池でも酸化還元反応によってエネルギーを取り出す。

2つの電極、アノードとカソードでそれぞれ酸化反応、還元反応を行い、そのときの電子の移動によって電気エネルギーが発生する。

アノードでは、燃料の酸化反応が起こる。その時に必要であるのが反応を触媒する酵素と、電子伝達物質メディエーターである。

メディエーターは電極基材に電子を伝達する役割を持つ物質であり、酵素とともに電極に固定化することで電子の電極への伝達を効率化する。

アノードの電極基材に集められた電子は外部回路を通り、カソードに移動する。この電子の移動により、電気エネルギーが発生する。

また、燃料の酸化によって電子が取り出されるとともに、プロトンH+が発生する。プロトンは、アノードから隔膜を通ってカソードへ移動する。

カソードに移動したプロトンは、アノードから移動してきた電子および外部から供給された酸素と反応し、水を生じる還元反応が起こる。

4H+ + 4e- + O2 → 2H2O

アノードと同じくカソードにおいても、電子伝達を効率よく行うために触媒を固定することが好ましい。

酵素バイオ燃料電池に関する特許

【公開番号】特開2022-176735(P2022-176735A)
【公開日】令和4年11月30日(2022.11.30)
【発明の名称】酵素電極を用いるバイオ燃料電池

ここからは、上記の特許明細書の内容に沿ってまとめる。

従来の酵素バイオ燃料電池


従来の酵素バイオ燃料電池では、「NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)依存型燃料酸化酵素」または「NADP(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)依存型酵素」によって、燃料である有機物の酸化反応がアノードで起こる。

燃料から引き抜かれた電子は、酸化型NAD(NAD+)またはNADP(NADP+)に伝達され、NAD(P)は還元型NAD(NADH)またはNADP(NADPH)に変換する。

しかし、NAD(P)Hから電極基材への電子の伝達効率が低く、十分な電池出力が得られないことが課題であった。

電子伝達効率が改善


上記の課題を改善したバイオ燃料電池として、「補酵素酸化酵素」を用いたものが報告されている。

従来のように燃料、NAD(P)依存型酸化酵素、NAD(P)のほか、補酵素酸化酵素を用いる。

補酵素酸化酵素がNAD(P)Hの酸化を促すことで、電子伝達効率の改善が見られた。

しかし、電池出力の向上のためには、さらなる改善が必要であった。

フラビン還元酵素を用いたバイオ燃料電池

【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素電極を用いるバイオ燃料電池に関する。詳細には、本発明は、フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系の利用により、酵素/電極基材間の電子伝達の効率化を図ったバイオ燃料電池に関する。

本構成のバイオ燃料電池は、高い酵素/電極基材間の電子伝達効率を有することから、リチウムイオン電池に匹敵する出力が可能となり、ドローン用電池などの小型機器への電源の提供など、電子、医療、食品、環境分野等の種々の技術分野への応用が期待される。

この特許は、電子伝達効率を向上させるためにNAD(P)依存型フラビン還元酵素および特定の濃度範囲(0.5~50mM)のフラビンを用いたバイオ燃料電池の発明に関するものである。

アノードの構成

本特許のアノードは以下で構成される。

・燃料
・NAD(P)依存型燃料酸化酵素
・NAD(P)
・NAD(P)依存型フラビン還元酵素
・特定濃度範囲のフラビン(フラビン還元酵素の基質)
・電極基材

燃料

燃料は、NAD(P)依存型燃料酸化酵素の種類によって選択する。つまり、NAD(P)依存型燃料酸化酵素の基質となる化合物であれば使用することができる。

・糖類:グルコース、フルクトース、スクロース
・有機酸:グルコン酸、乳酸、グルタミン酸、ピルビン酸
・アルコール

フラビン

本特許で用いられるは「フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)」または「フラビンモノヌクレオチド(FMN)」である。

あるいは、FADおよびFMNの性質を有する限り、FAD誘導体およびFMN誘導体を用いることもできる。

FADおよびFMNは入手や取り扱いが容易であり、また安価であることから、バイオ燃料電池に適している。

本特許において、フラビンは電子を電極基材に伝達する物質として機能する。フラビンの濃度範囲において特に好ましいのは5mM~50mMである。

NAD(P)依存型燃料酸化酵素

NAD(P)存在下で、燃料の酸化反応を触媒する。また、NAD(P)+を還元し、NAD(P)Hに変換するするものとして用いる。

燃料 + NAD(P)+ = 燃料の酸化生成物 + NAD(P)H + H+

上記の機能を有する酵素であれば用いることができる。例として、以下が挙げられる。
・グルコースデヒドロゲナーゼ
・フルクトースデヒドロゲナーゼ
・アルコールデヒドロゲナーゼ

NAD(P)依存型フラビン還元酵素

NAD(P)存在下で、フラビンの還元反応を触媒する。また、NAD(P)Hを酸化し、NAD(P)+ に変換するするものとして用いる。

酸化型フラビン + NAD(P)H + H+ = 還元型フラビン + NAD(P)+

具体的にどのようなフラビン還元酵素を用いるかについては後述する。

電極基材

外部回路に接続されている導電性の基材であり、電子を伝達する機能を持つ。

ガーボン材、アルミニウム、銅などが挙げられるが、上記の機能を有する限り材質に制限はない。

酵素は電極基材に固定することも、固定せずに酵素溶液として基材上に供給することも可能である。

アノードにおける反応

NAD(P)依存型燃料酸化酵素が、NAD(P)+ の存在下で燃料を酸化する。同時に、NAD(P)+ が還元されてNAD(P)Hに変換する。

NAD(P)依存型フラビン還元酵素が、NAD(P)H の存在下で酸化型フラビンを還元型フラビンに変換する。同時に、NAD(P)Hが酸化されてNAD(P)+に変換する。

還元型フラビンは電極基材に電子を伝達し、酸化型フラビンに変換する。

このサイクルを繰り返すことで、電子は安定的に電極基材に伝達される。

フラビン還元酵素の作成方法

以下の4種類のNAD(P)依存型フラビン還元酵素を作製した。

※画像は本特許明細書の【表1】より引用



表1のフラビン還元酵素をコードする核酸分子を人工合成により作製し、pET―22b(+)ベクターに挿入した。ベクターは「遺伝子の配達員」のような役割を持つ。

ベクターを用いて宿主である大腸菌BL21を形質転換させる。大腸菌はフラビン還元酵素をコードする遺伝子を読み取ってフラビン還元酵素を作り出すようになる。

大腸菌を培養し、増殖させる。その後、菌体を溶解してフラビン還元酵素を精製し、酵素サンプルができる。

フラビン還元酵素には、C末端にHisタグ(ヒスチジンタグ)が付加するようにしている。ヒスチジンタグは、酵素を取り出すための取っ手のような役割を持つ。

精製にはTALON(TaKaRa:Z5501N)樹脂が用いられる。

この樹脂はヒスチジンタグと高い結合性を持つため、目的の酵素を精製して取り出しやすくなる。

評価

濃度依存性の評価(FAD)


※画像は本特許明細書【図6】より引用

フラビン(FAD)の濃度依存性の観点から電極基材への電子伝達機能を評価したところ、FADの濃度上昇に伴い、電流値が増大した。

濃度依存性の評価(フラビン還元酵素)


※画像は本特許明細書【図7】より引用

フラビン還元酵素においても、FADと同様に濃度の上昇により電流値が増大した。

参考

Webサイト

バイオ燃料電池の仕組み
https://www2.riken.jp/bio-spra/mikawa/biofuelcell/biofuelcell.html

バイオ燃料電池について
https://www.aichi-inst.jp/other/up_docs/no95_05.pdf

TALON® (Cobalt) レジン
https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100006910

好熱菌由来酸化還元酵素を電極用触媒としたバイオ電池の開発
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2019.910572/data/index.html

恒温振とう培養機
https://taitec.net/type/%E6%81%92%E6%B8%A9%E6%8C%AF%E3%81%A8%E3%81%86%E5%9F%B9%E9%A4%8A%E6%A9%9F/

FMN
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=200907052467163469

DRUG: フラビンアデニンジヌクレオチド
https://www.genome.jp/dbget-bin/www_bget?dr_ja:D00005

YouTube

酵素型バイオ燃料電池の高電流密度化へ向けた研究
https://www.youtube.com/watch?v=zbmkWxuceK4&ab_channel=TokyoTechIIR

BR-180LF 70mm振幅モデル 各容器における旋回振とうの様子
https://www.youtube.com/watch?v=ARaFGTJuiTg&list=PL360B6434FE698AD7&ab_channel=TAITECCORPORATION

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