今日は以下の特許明細書を取り上げます。
【公開番号】特開2020-107395(P2020-107395A)
【公開日】令和2年7月9日(2020.7.9)
【発明の名称】バイオ燃料電池用の隔膜、隔膜の製造方法、及び、隔膜を利用するバイオ燃料電池
燃料電池については以下の記事にまとめています。

バイオ燃料電池用の隔膜、隔膜の製造方法
本特許は、生体触媒を含むバイオ燃料電池用の隔膜と、その隔膜を用いたバイオ燃料電池に関する特許である。
隔膜の材料として、①珪酸化合物、タングステン酸化合物、ジルコン酸化合物から選択する少なくとも一種の無機化合物、②ポリビニルアルコール、③スルホン酸基を有する有機化合物および二級アミン構造を有する有機化合物から選択する少なくとも一種のプロトン伝導性を有する有機化合物を含む。
従来の隔膜と問題点
従来の隔膜
燃料電池の隔膜として、パーフルオロスルホン酸系ポリマーである「ナフィオン(Nafion)」等の固体電解質膜が主に使用されていた。
パーフルオロスルホン酸系ポリマー
画像引用元:https://furukawa-agency.co.jp/nafion/
パーフルオロスルホン酸系ポリマーは、フッ素樹脂系のイオン交換膜として用いられる。プロトン伝導性が高いのが特徴で、米DuPont社のナフィオン(Nafion)膜が有名である。
従来の隔膜における問題点
ナフィオンのような個体電解質膜は、プロトン交換基であるスルホン酸基が高密度で導入されている。
スルホン酸基は酸性基であるため、バイオ燃料電池の隔膜に用いた場合に酵素などの生体触媒の変性をまねくことが問題であった。
スルホン酸基(別名:スルホ基、スルホン基)-SO3H
画像引用元:Wikipedia
スルホン酸基は硫酸と同様に強酸性を示す。炭素骨格にスルホン酸基が置換する有機化合物を「スルホン酸」という。
スルホン酸基はカチオン交換基であり、イオン交換樹脂として利用される。イオン交換樹脂は、イオンを吸着させる合成樹脂であり、0.3~1.2mm程度の球形の物質である。
イオン交換樹脂は、陽イオンまたは陰イオンを高分子に結合(固定)させていることが特徴であり、固体したイオン(固定イオン)と反対の電荷をもつイオンを、他のイオンと交換することができる。
強酸性であるスルホン酸基は、アルカリ性溶液中および酸性溶液中でSO3-、H+の形に解離する。
SO3-は高分子に固定される固定イオンであり、以下のようにH+をNa+やCa2+のようなカチオンと交換することができる。
SO3H → SO3- + H+
NaOH → Na+ + OH-
R-SO3H + NaOH → R-SO3Na + H2O
なぜスルホン酸基が酵素を変性させるのか
酵素は、生体内での様々な化学反応を触媒するタンパク質である。「変性」とはタンパク質の立体構造が破壊され、活性が失われることをいう。
タンパク質を構成するアミノ酸は、2つの原子団(塩基であるアミノ基と酸であるカルボキシ基)をあわせもつため、両性電解質である。
アミノ酸の電荷は溶液のpHの変化によって変化する。例えば酸性溶液中では+電荷を、アルカリ性溶液中では-電荷を帯びる。全体の電荷が0となるpHを「等電点」という。等電点はタンパク質の種類によって異なる。
タンパク質は、極端なpHに暴露すると変性することがある。これを「pH変性」という。
スルホン酸基は強酸性であるため、プロトンH+を放出して解離する。これにより溶液のpHが変化する(酸性となる)ため、アミノ酸が+電荷を帯び、タンパク質の構造が破壊される。
つまり、酵素が触媒としての活性を失ってしまうのである。
やや改善した隔膜と問題点
①ナフィオンをセルロース膜で挟み込む
ナフィオンをセルロース膜で挟み込むと酸性基の酵素への影響が低減できることが発見された。それにより、燃料電池の耐久性が向上した。
しかし、ナフィオンをセルロース膜で挟み込むと膜抵抗が大きくなり、電池出力が低下してしまうため、電池の用途が限定される。
②セルロース膜を使用
燃料の酸化に伴ってできる有機酸を中和して、電気触媒である酵素の「至適pH」に戻すことにより、触媒の活性を維持することができた。隔膜はセルロース膜を使用した。
その結果、セルロース膜を使用することでスルホン酸基等の酸性基による生体触媒の変性はみられなかったが、プロトンだけではなくメディエーターなどの電極活性物質がセルロース膜を透過してしまう。
電極活性物質が隔膜を透過することで電極反応を阻害してしまうため、長時間の使用が制限される。
本発明における隔膜と課題の解決
本発明は、温和な条件下の親水性環境で作動するバイオ燃料電池用の隔膜を提
供することを課題とする。また、良好なプロトン伝導性を有しながら、メディエータ等の
電極活性物質の透過を最低限に抑制できるバイオ燃料電池用の隔膜を提供することを課題
とする。更に、隔膜の影響に起因する電極触媒として利用する酵素等の生体触媒の触媒活
性の低下を防止し、生体触媒が安定的かつ長期的にその触媒活性を保持できることを課題
とする。更には、高い発電効率及び長期間耐久性を持つバイオ燃料電池を提供することを
課題とする。
これまでの課題をまとめると以下のようになる。
・ナフィオンを使用すると、強酸のスルホン酸基によって生体触媒が失活する
・ナフィオンをセルロース膜で挟み込むと、膜厚が厚くなり膜抵抗が大きくなる
・膜厚を小さくするためにセルロース膜を使用すると、電極活性物質が透過してしまう
今回の発明は、上記の課題を解決する隔膜に関するものである。
発明における隔膜の材料
隔膜は、以下の複合化合物により構成される。
①無機化合物から少なくとも1種(珪酸化合物、タングステン酸化物、ジルコン酸化合物)
②有機物=ポリビニルアルコール
③有機化合物から少なくとも1種(スルホン酸基を有する化合物、二級アミン構造を有する化合物
①無機化合物
無機化合物は隔膜に必要な隔離性や強度を付加される。ポリビニルアルコールと分子レベルで絡み合い、ポリビニルアルコールの水酸基を介して水素結合、脱水縮合によって強固に結びつく。
無機化合物は隔膜に必要な隔離性や強度を付加する。しかし多すぎると柔軟性が損なわれるため、ポリビニルアルコールに対する重量比が0.01以上1以下に制御することが好ましい。
②ポリビニルアルコール
ポリビニルアルコールは、隔膜に親水性を付加する役割をもつ。
分子中に多くのヒドロキシ基(-OH)を有するため親水性が高く、温水に可溶である。
また、ヒドロキシ基を利用して架橋構造を作り、網目状高分子を形成することもできる。
③-1 スルホン酸基を有する有機化合物
スルホン酸基を有する有機化合物は、プロトン伝導性を付加する。
ただし、スルホン酸基密度は、高すぎると酵素触媒の活性を失う原因となるため、ビニルアルコールに対する重量比が0.2以上1.0以下であることが特に好ましい。
バイオ燃料電池の作動に十分なプロトン伝導性を保つ程度で、かつ酵素活性を良好に保つ程度に制御する。
スルホン酸基を有する化合物が水溶性である場合、中和前または中和後の原料溶液に溶解させておくだけで安定的に複合化合物に固着できるため好ましい。
③-2 二級アミン構造を有する化合物
二級アミンはアンモニア(NH3)のHが2つ置換された化合物である。二級アミン構造を有する化合物は、スルホン酸基を有する有機化合物と同じくプロトン伝導性を付加する役割を持つ。
二級アミン構造を有する化合物としてはジアリルアミン塩酸塩重合体が好ましい。吸水性を向上させる機能を隔膜に付加し、隔膜が良好なプロトン伝導性を示すようになる。
ただし、スルホン酸基を有する化合物と同じく、アミン基の密度を制御することで酵素活性を良好に保つことが重要である。
隔膜の製法
隔膜の製法として、例えば以下の方法がある。
工程1:無機化合物の塩(珪酸塩またはタングステン酸塩)、ビニルアルコール、水性溶媒を混合して原料溶液を調整する
工程2:塩とポリビニルアルコールが共存する状態で、塩を酸またはアルカリにより中和する。中和前または中和後に、スルホン酸基を有する化合物または/および二級アミン構造を有する化合物を導入する
工程3:加熱して水性溶媒を除去し、膜状に製膜する
工程4:製膜後に紫外線照射を行う
工程4では、製膜後に必要に応じて紫外線照射を行うことにより、スルホン酸基を有する化合物または/および二級アミン構造を有する化合物を複合化合物中の無機化合物部に固着することができる。
安定に固着させるために、化学結合していることが望ましい。
膜厚と膜抵抗、交流インピーダンス
燃料電池においては隔膜の材料だけではなく、膜厚と膜抵抗を考慮することが重要である。
膜厚と膜抵抗
隔膜の厚さ(膜厚)は、20μm以上100μm以下にすることが好ましいが、40μm以上90μm以下とすることがより好ましい。膜厚が薄くなりすぎると、プロトンだけではなく電子伝達メディエーターなどの電極活性物質も透過するためである。
また、膜厚が厚くなりすぎると膜抵抗が高くなり、プロトンの移動が阻害される。
膜抵抗とは、隔膜を通過する電流に対する抵抗である。実際は電極、触媒、セパレーター、隔膜の電気抵抗を合計したものをいうが、隔膜が最も大きく影響するため「膜抵抗」という。
交流インピーダンス
インピーダンスは電気抵抗を表す。
交流電流によるインピーダンス法では、2点以上の異なる周波数でインピーダンスを測定することによって、燃料電池のどの部分で何が影響しているのかを知るための手がかりにすることができる。
膜抵抗は、25℃で交流インピーダンス法により測定したとき、3Ω・cm2以上4.5Ω・cm2以下であることが特に好ましい。[Ω・cm2]は1cm2あたりの抵抗値を表す。
膜抵抗が3Ω未満になると、電池出力が急激に低下する。膜抵抗が小さくなりすぎると、プロトンだけではなく電子伝達メディエーターなどの電極活性物質も透過するため、電極反応が妨げられてしまうと考えられる。
まとめ
本発明における隔膜は、良好なプロトン伝導性を有しながら、メディエーターなどの電極活性物質の隔膜透過を抑制でき、かつ生体触媒の活性に影響を与えない。
結果として、発電効率と耐久性を有するバイオ燃料電池を提供することができる。
参考
ナフィオン™(Nafion™)
https://furukawa-agency.co.jp/nafion/
インピーダンス測定の落とし穴(燃料電池編)
https://kikusui.co.jp/impedance-pitfalls/
『表面抵抗値』と『表面抵抗率』の違い!単位や測定方法について!
https://detail-infomation.com/surface-resistivity/