神経細胞について勉強した際に関連する以下の特許を読んだので、この記事にまとめます。
【公開番号】特開2022-126812(P2022-126812A)
(43)【公開日】令和4年8月30日(2022.8.30)
(54)【発明の名称】シナプス形成剤
特許の概要と、関連して調べたことをまとめています。
特許の概要
患者自身の骨髄液から調製したCD24陰性の間葉系幹細胞を含むシナプス
形成促進剤及び脳可塑性促進剤、ならびに前記シナプス形成促進剤及び脳可塑性促進剤を
用いた認知症、慢性期脳梗塞、慢性期脊髄損傷、精神疾患等の治療を提供する。
認知症、慢性期脳梗塞、慢性期脊髄損傷などの治療において、間葉系幹細胞を含むシナプス形成剤を投与することにより、間葉系幹細胞がニューロンに分化してシナプスを形成し、神経回路を再建する。また、脳の可塑性を促進する。
ニューロンへの分化とシナプス形成
ニューロン
画像引用元:Wikipedia
ニューロン(neuron)は脳の神経細胞であり、情報の伝達と処理を行う。
その構造は、核がある細胞体、他の神経細胞から情報を受け取る樹状突起、情報を出力する軸索で構成される。
シナプス
シナプス(synapse)は、神経細胞の軸索末端と他の神経細胞の樹状突起の間に存在する微小な間隙であり、神経細胞と神経細胞の接続部である。
出力する(シグナルを伝える)側を「シナプス前細胞」、入力される(伝えられる)側を「シナプス後細胞」という。
神経細胞からのびた軸索が標的細胞付近まで伸長し、軸索末端と標的細胞との間にシナプスを形成する。
シナプス形成により、神経細胞間の情報伝達を行うことができるようになる。
間葉系幹細胞
【0017】
[間葉系幹細胞]
本発明で使用される「間葉系幹細胞」とは、間葉系組織の間質細胞の中に微量に存在す
る多分化能および自己複製能を有する幹細胞であり、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞などの
結合組織細胞に分化するだけでなく、神経細胞や心筋細胞への分化能を有することが知ら
れている。
間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell、以下MSC)は、多分化能、自己複製能を有する肝細胞である。
画像引用元:https://www.dvcstem.com/post/what-are-mesenchymal-stem-cells
脂肪細胞、肝細胞、血管内皮細胞、神経細胞、骨細胞など、様々な種類の細胞に分化する能力(多分化能)を有する。
骨髄、末梢血、臍帯血、脂肪などから採取できる。
CD24
【0020】
本発明で使用される間葉系幹細胞は、分化マーカーであるCD24陰性であり、未分化
状態を維持した細胞である。そのため、増殖率および生体内導入後の生存率が高いという
特徴を有する。
CD24は分化マーカーとして知られている。CD24が陰性であることで未分化状態の間葉系幹細胞を特定、使用している。
ES細胞、iPS細胞と間葉系幹細胞
【0019】
細胞はES細胞や誘導多能性幹細胞(iPS細胞等)から分化誘導した細胞であっても
、株化された細胞であっても、生体から単離・増殖させた細胞であってもよい。細胞は、
他家細胞由来でも自家細胞由来であってもよいが、自家細胞由来(患者自身の細胞に由来
する)間葉系幹細胞が好ましい。
上記に関連して、ES細胞とiPS細胞についてまとめる。
ES細胞
画像引用元:文部科学省
ES細胞(embryonic stemcell、胚性幹細胞)は、ヒトやマウスの初期胚(発生初期の卵)から将来胎児になる細胞(内部細胞塊)を取り出し、様々な細胞に分化できる能力(多能性)を保持したままシャーレで培養し続けることができるようにした細胞である。
遺伝子欠損マウスを作成することにも利用できる。
遺伝子操作をした細胞を受精卵に注入し、母マウスに移植することで、特定の遺伝子を欠損した遺伝子欠損マウス(ノックアウトマウス)を作る。
iPS細胞
画像引用元:京都大学iPS細胞研究所
iPS細胞(induced pluripotent stem cells、人工多能性幹細胞)は、細胞を培養して人工的に作られた多能性の幹細胞である。
2006年、山中伸弥教授が率いる京都大学の研究グループにより、マウスの皮膚細胞から作られた。
皮膚などに分化した細胞に4種類の遺伝子を組み込み、あらゆる生体組織に成長できる高い分化能と、自己複製能を持った細胞を作る。
受精卵を必要とするES細胞と異なり、採取しやすい体の細胞から作り出すことが可能である。
再生医療では患者自身の皮膚細胞などを用いることで、移植後の拒絶反応が起こりにくくなる。
ES細胞、iPS細胞とMSCの違い
MSCは、ES細胞やiPS細胞ほどの分化能を有していない。
しかし、ES細胞では受精卵を使用することに対する倫理的なハードルがあるという点で、MSCは利用しやすい。
また、iPS細胞では遺伝子を導入する際にもとの細胞のゲノムに傷がつきiPS細胞が腫瘍化する可能性が課題となっている一方、MSCでは腫瘍化のリスクが低いとされているほか、費用や作成にかかる時間も少ない。
脳の可塑性
【0030】
本発明のシナプス形成剤及び脳可塑性促進剤は、海馬等の病変部におけるシナプス形成
と可塑性促進効果により、認知症、慢性期の脳梗塞、慢性期の脊髄損傷、神経変性疾患の
治療に有用である。
例えば、指を動かす神経細胞が死んでも、リハビリをすることで死んだ神経細胞の周辺に新たな神経回路ができる。
そして通常なら手首を動かす指令を出す神経細胞が、指を動かす指令を出すことができるようになる。
このように、神経細胞が適切なシステムを作り上げることを脳の可塑性という。
損傷を受けていない部位が、損傷部位の機能を補うことにより、認知症や慢性期脳梗塞などの治療が可能となる。
MSCの培養
【0025】
培養は、細胞の総数が10 8 個以上になるまで継代培養を繰り返し行う。必要とされる
細胞数は、使用目的に応じて変化し得るが、例えば、脳梗塞の治療のための移植に必要と
される間葉系幹細胞の数は、10 7 個以上と考えられている。発明者らが開発した方法に
よれば、12日間程度で10 7 個の間葉系幹細胞を得ることができる。
継代培養
継代培養とは、新しい培地に細胞を移動させることである。細胞の一部を取り出し、別の容器に移し替えて増殖と維持を行う。
継代のタイミングは、培養容器の「コンフルーエンシー」によって判断する。
コンフルーエンシー
「細胞が培養容器のどのくらいの割合を覆っているのか」を表す。
細胞が増殖し、培養容器の約半分が覆われると「50% コンフルエント」、容器いっぱいに増えて互いに密着している状態は「100%コンフルエント」という。
単に「コンフルエント」という場合は、細胞が培養容器の接着面を覆いつくした状態を表す。
細胞同士が密着する状態では、細胞の成長に必要な栄養素が不足し死ぬことがある。また、細胞の増殖が抑制される。そのため、適切なタイミングで継代を行うことが必要となる。
認知機能改善とエバンスブルー染色
2.結果
認知機能を見る3つのテストのいずれにおいても、MSC投与によってモデルマウスの
認知機能が改善することが示された(図4)。
エバンスブルー染色の結果、コントロール(ビヒクル)群では、正常脳においては血管
内にとどまるはずのエバンスブルー(赤色)が、血管から外の組織に染み出し、血液脳関
門が破壊していることが確認されたが(図5左)、MSC投与群では改善していることが
確認された(図5右)。
エバンスブルー
画像引用元:https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/533/open/B-1-1.html
エバンスブルーは生体に無毒な色素である。
血液脳関門(Blood-Brain Barrier、BBB)を通過しないので、脳内には入らない。
エバンスブルーをマウスの静脈内に注射すると、白いマウスの目や皮膚、内臓が青く染まるが、脳は染まらない。
しかし、脳梗塞モデルマウス(コントロール群)ではBBBが破綻しており、大脳が青く染まる。
一方、MSC投与群ではコントロール群ほど脳の染色が見られなかったことから、脳の可塑性が促進されていることが分かった。
※引用画像は日本脳炎マウス(左)と健康なマウス(右)の脳の染色を示したもの。特許明細書とは関係ない
参考
https://saiseiiryo.jp/skip_archive/knowledge/basic/07/
https://dr-cpc.com/stemcell-mesenchymal
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/faq/faq_ips.html
https://www.med.nagoya-u.ac.jp/kidney/patient/regeneration_therapy_asc.html
https://xlab.leica-microsystems.com/blog/life-science/cell-culture_confluency
https://www.beckman.jp/reagents/coulter-flow-cytometry/antibodies-and-kits/single-color-antibodies/cd24
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/533/open/B-1-1.html